いってきました。一応、一応OGの端くれなので!
当時、あまり真面目な会員ではなかったものの、一回だけ犯人当ても書きました。実は。
今考えると、初めて完結まで小説を書きあげて、初めて人に読んでもらったのって、それです。
厳しい先輩諸氏から「思ったよりちゃんとしてた」というコメントを頂けて
一気に気が抜けて嬉しかったことを憶えています。

そんな話はよいのです。30周年の時は私自身バタバタで開催自体を知らなかったというのもあり
今回が初めての式典参加だったので、「式典だって!パーティー!!おめかしせねば(@@)」と
焦っていたのですが、そしてツイッター上で綾辻さんに「普通でいいと思うよ」と宥められつつ
(でもパーティーだし!OBってみんな大人だし!派手ではなく綺麗めにしていかねば)と
結婚式に着るワンピースで、パールのネックレスしてヒール履いて行ったら、見事に浮きました。
式典自体は京大の講堂で行われる立派なものだったのですが、現役生はジーンズ履いてるし
OBの人も小奇麗とはいえチノパンみたいなラフな格好してるし、一人結婚式状態の私浮く浮く。

初対面の人の多い立食パーティーの会場で、話す人に「あなたは誰?何でここに居るの?」と
OGだと思ってもらえない状況続発でとても寂しい思いをしました。コンパニオンじゃないです。
「私、浮きましたね」というと、近くにいらっしゃった綾辻さんに「だから言ったのに」と
更に窘められるという。
在籍当時以来に久しぶりにお会いしたお姉さんに「式典て言ったって、ミステリ研だよ?」と言われ、「そうでした。忘れていました」と答えたことを思い出します。

久しぶりにお会いした先輩諸氏、同期諸氏の皆さま、あんまし変わってなくて元気そうで
話すととても面白くて、いろんな方にお会いできて嬉しかったです。
十年以上前に二年ほどだけ在籍した幽霊会員の私を憶えていてくださって有難うございます(;;)
こんなんですが元気にやっています。地道に純文学を頑張っています。。。

*

式典は、創立メンバーの方々のトークから、出身者の歴史を辿って、出身作家のトークへ移り
最初は麻耶さんと法月さんと円居氏と森川氏の四人だけで始まったトークが綾辻さんの登場により
我孫子さん小野さん、出身編集者諸氏を前方に迎え入れる状況になって、とても面白かったです。
そうやって話を聴いていると、40周年と一言で言っても、毎年色んな人が入会し卒業して
ここに居る人たちは推理小説研究会に入ってに大学時代をミステリに捧げることでその後の人生も変わった人たちなんだなあと、とても感慨深い思いがしました。
私はミステリ研に入ったことで「好きだけど書くのは、私には無理だ(難しすぎる)」と線引いたことで逆に開き直ることができて、純文学を書こうという覚悟ができたので、逆の意味での影響を受けたと言えるのかもしれません。

余談ですが、ミステリを書くことって、数学的な構成能力が必要だと思うのです。
書く前に仕組みを全て組み立てて、それをスマートにひも解くための構築・操作に徹するというか。
私は、目の前にある紐を途切れないことを願いつつ、手繰り寄せるような書き方で小説を書いているので、その手法や伏線の張り方や、鮮やかな手際の美しさなんかに感嘆するばかりで
全く真似ができないことをここに白状致します。(そういう意味でマズロウマンションはがんばりました。あれは私なりの謎解き小説というものへの試みだったので)

トークが終わり、休憩を挟んだ後、課題図書毎のグループに分かれての感想を言い合う回になり
私は綾辻さんの『十角館』を再読したので、そのグループへ。一人ずつが感想を述べ合う中で、途中から綾辻さんご本人が「せっかくなので」と椅子を持って輪に入り、現役生OBともども場が震えたことを経て、私の番が来てしまい、清廉な潔さのミステリを読むこと自体がとても久しぶりで、あの一文に初心のままに再度震えたこと、そしてその一文のために構築された世界の、描かれていない裏側での情報の扱いのスマートさと正しさに、改めて感嘆したことを伝えました。

「叙述にしてもね、他のトリックにしても、もっと言ったらミステリだけじゃなくて小説全般に言えることだと思うのだけど、本当に、好きで好きで朝から晩まで考えるくらいのもので、書いたものでないと、面白いものにはならないよ」という言葉がとても印象深かったです。

*

その後の立食パーティーで麻耶さんが解説文を寄せている『フーダニットベスト』を購入し、麻耶さんを捕まえてサインしてもらい、ついでに一緒に写真を撮ってもらうというようなミーハーさを発揮して(久しぶりにお会いした麻耶さんは花柄のシャツを着ていて、なんだかベテランミュージシャンみたいな佇まいになっていましたが相変わらずでした。お元気そうで何より。憶えていてくださって嬉しいです!!そして写真は貼りません!!)、色んな方とお話していると、創立メンバーの人に面白がってもらえ、二次会に呼んで頂けたので、厚かましく乗り込んできました。楽しかった!!
三次会は創立メンバーの方を含んだ少人数でブルースバーに行き、ワインを飲みながら終電間際まで女子会のような話をしてきました。皆さま、大人で真摯で可愛らしくて大変楽しかったです。

お会いできた方、有難うございました!!またお会いできる機会を楽しみにしております!!(後輩より)
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by pinngercyee | 2014-05-23 05:30
空気の冷たさが増すにつれ、忘れていた歌を思い出すようになりました。
心細さや人恋しさと間違えてしまうこの季節に聴くべきは、少女の透明感を宿した音楽だと思います。

中谷美紀『逢いびきの森で』


中谷美紀『汚れた脚』

この二曲は、高校生の頃から聴いてるアルバム『食物連鎖』の3曲目と4曲目に入ってます。
私にとっての『少女』という倫理は、このアルバムで描かれたものが背骨にあると思います。
『逢いびきの森で』は小西康晴作詞作曲。
『汚れた脚』は、売野雅勇作詞、坂本龍一作曲。
松本隆の歌詞が凄いことも、私は中谷美紀の歌で知りました。

中谷美紀『雨だれ』


他に、『水族館の夜』『鳥籠の宇宙』あたりもすごい好きなのですけど
この辺はYOUTUBEになかったのでざんねん。
肌寒くなった季節には、心細くも何かを信じる孤独で潔癖な少女の視野を経験してみるのに
好い季節だと思います。
中谷美紀の音楽は、ほんの一例でしかないけれど。



Jane Birkin『Jane B』


Jane Birkin『Baby Alone In Babylone』


久しく考えていなかった少女という概念を考えてみた時に浮かぶのは、上記で貼った中谷美紀の歌と
ジェーンバーキンのことでした。
ジェーンは現在もう60を軽く超える女性ですが、彼女は現在も一人の身軽で屈託のない少女のまま
年齢を経て生きていることを感じます。
ですが、彼女が本物の少女で会った頃に宿していた色濃い孤独や憂鬱さの影は、間違いなく
結晶に近い純度の、少女という概念の核に近いものだったと思います。

Jane Birkin『Yesterday, yes a day』




音楽以外で、少女について考えた時に思い出すのは、綾辻さんの描く少女のイメージです。

あと、京都の古い喫茶店で、姿勢よく給仕する少女たちへの憧れが強いです。
歴史を重ねた静謐な場所で、端居する楚々とした佇まいの女の子たち。
私も名曲喫茶で延べ三年働いていたものの、その少女像に近付きたいという憧れは
結局叶わなかったような気がします。

あと、思い出したのが、恵文社で見つけたロルの燐寸に記されていた
「少女は燐寸を擦るために、煙草を喫う」という一文。
とても端的に、的を射ている言葉だと思います。

そんなことを考えたのも、下北沢『バブーシュカ』の記事を書いたからなのかもしれないです。
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by pinngercyee | 2013-11-03 18:42 | 日々
私には「ちえちゃん」という友人がいます。
彼女と出会ったのは、10年と少し前、私が一つ目の大学を辞めて、実家に帰った頃でした。
実家のある地元の岡山に帰った私は、若い人の集うカフェで働き始めました。

そこは音楽のイベントを催したり、企画展をおこなったりと
岡山の街の中でも若い人の文化の集う場所だったのですが、私が端居したその場所の中で
時々行われていたのが『Happy Hippie』という詩の朗読イベントでした。

当時、京都に住んでいた頃から、小説を書きたいと思う気持ちを持て余しながら
【美しいものを自分で作り出すこと】に憧れを抱いていたものの
自分の語彙力や表現力、なによりも文章力の不足を自覚していた私は
芸術(特に小説、絵や音楽は最初から諦めていたので)を自らの手で作り出すことのできる人に
強く共感と憧れと劣等感を抱いていました。

書きたい物語もありました。高校生の頃から、いくつかの物語の概要をノートに書いて
その情景やワンシーンを思ったりしながらも、その情景や関係性を取り囲む世界を描く力量がなく
私は断片的な情景を、いつか小説を書く力量が付いた時に形にしたいとノートに書き溜めることを
日課としているような日々を送っていました。

ある日、催されていた何度目かの詩のイベントの参加者の人と言葉を交わすことがありました。
「詩は好きですよ。伊藤整と寺山修司の素直なものが好きです」
何の気なく答えたこんな言葉に「書かないの?」「書いてないの?」という言葉をかけて貰い
その次の開催より、私はそのイベントのメンバーとして参加させてもらうことになりました。

『詩』として、言葉単体で存在する芸術形態を着地点に見据える人を詩人と呼ぶのだと思うのですが
私が当時書いていたものというのは、「いつか小説にしたい」という前提の断片的なもので
正確には詩と呼べたものではなかったと思います。

それでも、『Happy Hippie』のメンバーは自意識が強く態度の良いとは言えない私を
詩人として扱ってくれ、居場所を与えてくれました。
言葉を自分の作品として人前に出すという経験を、私はここで初めて経験したのだと思います。

「ちえちゃん」はそのイベントの中心にいるメンバーの一人の、私と同い年の女の子でした。
ちえちゃんは、色が白く肌理が細かいつるんとした肌をして、華奢な体躯に古着のワンピースを着る
「かわいい女の子」として、私が羨む要素を生まれつき持っているような女の子でした。

ちえちゃんは、可憐な外見に一見そぐわぬ、なまなましい言葉を操りました。
肌を刃物で撫でるような。チリチリと静かに焼かれるような。
痛みを伴う切実さを帯びた言葉を、無駄なく鋭く細い声で静かに読み上げる詩人でした。

同い年であり、私の羨むセンスの良い華奢で可憐な女の子であり、自分の作風を確立しているちえちゃんに
今になって私は劣等感を覚えていたのだと思います。

それまで一人でノートに書き溜めていた言葉を、初めて人前に発表するようになった私に対し
ちえちゃんは既に詩人として、出版社から詩集を出していました。
『掌の力を弄ぶ』
そう題された赤い表紙の一冊を、私は当時、彼女に「読む?」と聞かれた時に
「ううん、今は読まない」と答えたことがありました。
今となっては、本当に失礼な話でしかないけれど、当時の私にとって、そう返答することが
精いっぱい、自分の矜持を何とか保つために必要な虚勢だったのだと思います。



一年足らずで私は再度の大学受験を理由にその会を去り、関係者との連絡も途絶えました。
その後、大学という四年間のモラトリアムを過ごす権利を得て
私はその四年間は小説のことだけを考えて過ごすという覚悟をし、東京で暮らし始めて
やっと私は劣等感と自意識を脱して、自由に振る舞えるようになった気がします。

ちえちゃんと私が、詩を介さない一人の女の子同士として再会することが出来たのは
私が会を去ってから、数年が経った後だったと思います。
「私、当時、ちえちゃんが羨ましくてしかたなかったんだよ。
 だから素直にできなくて感じ悪かったと思うの。ごめんね」
と打ち明けた私に、ちえちゃんは驚いたように笑いました。

毎月顔を合わせていた十年前の当時よりも、年に数度しか会わない現在の方が
私は彼女と精神的な距離が近くなったと思います。
十年という時間が経つと、屈託なく笑う彼女も、今ここにいる私も人生を歩んできていて
当時では想像もしなかった現在を、お互いに離れた場所で生きているのですが
私は、年に数度の帰省の折に、彼女に会うことを毎度の楽しみにしています。



今年のゴールデンウィークに帰省した折、彼女と二人で『猫魔音』に飲みに行き
その前回約束していた彼女の本を、私はやっと手にすることができました。
「あの時、『今は読まない』って、いぬちゃんが答えたの、今も憶えてる」
「うん」
「『おっ』って思った」
「恥ずかしいから忘れて」
そんな会話をしながら近況を話し、お酒を飲んで笑い、帰り際に彼女は
「この本は、若気の至りで、痛々しくて恥ずかしいから、帰ってから読んで」
と私に言いました。



彼女の言葉に従い、私は岡山に居る間、その本を受け取ったままの封筒から出しませんでした。
出せなかったのかもしれません。岡山に暮らしていた当時の鬱屈した気持ちと同じ家の中
当時の私が嫉んだ本に向き合う勇気が持てなかったという部分もあると思います。

私は、東京に戻る新幹線の席に座って、缶ビールを一本空けてから息を整えて
ちえちゃんの本を、静かに封筒から取り出して開きました。



その言葉の鋭利なこと。
何の気なく構えずに、本を開くように努めた私の意識など吹き飛ばしてしまうほどの強さで
彼女の言葉は、私が十年前に目を見張り、息を飲んだなまなましく鋭利な彼女の言葉は
当時の精度を保ったままで、そこに完全な形で保存されていました。

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写真が稚拙で申し訳ないですが、彼女の言葉が誰かの元へ届いて
その誰かが生身の肌を、チリチリ焼かれるような痛みを味わうことを祈ります。
彼女の言葉のなまなましい触感を伴う切迫性が、一冊の本として存在したことを
そしてその本と、十年遅れの今になってしまいましたが、正面から対峙できたことを
私は心から嬉しく思います。
当時、適当に読んでしまわなくてよかった。
今になって向き合うことが出来て本当に良かったと思います。

ちえちゃんは現在は言葉から離れて生きていますが、彼女がこの一冊を世に出したことを
彼女自身が誇りに思えますように。

アマゾンでは中古しかないですが、気になった方は、今からでもぜひ。
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by pinngercyee | 2013-07-01 19:05 |
こんにちは。
7月になって「夏なんだなあ」と思うと、去年訪れた名古屋のことが思い出されて
ぶっちゃけてしまえば、去年の夏の名古屋はVAMPS見に行った旅だったのですが
そのせいもあって去年の夏は、空気に滲んで見えるみたいにVAMPS一色で。

今年も久しぶりに夏の空気を吸い込むと、去年の記憶と一緒にVAMPSのライブが甦って
夏の音楽だなあとしみじみ思ったので、好きな曲を幾つか纏めてみようと思います。



ANGEL TRIP
2012年の夏のテーマでした。以前も書いたことあるけど。
私、自律神経が弱いおかげで、夏の間は日々、脱水と失神との戦いなのですけども
この歌の「はめ外してもっと騒ごう」「壊れそうになって騒ごう」「辛くても笑って」の一言に
救われるというか、支えを見出せたというか、何て言ったらいいんだろう、指標を貰えた感じで
この曲の、太陽の下の真っ白な光の情景と、全力で走り抜けるような疾走感のおかげで
初めて夏を正しく愛することが出来たような気がした曲。です。

DEVIL SIDE

この曲が始まると不意打ちで頭の上に人が降ってくるので(踵落とし含む)
私と友人は曲を聴くよりも身を守るための防御体制を無意識に取ってしまう怖い曲。
こうやって聴くと、本当に格好いいし大好きなのですけど。

VAMPIRE DEPRESSION

暗い色調で抑圧を滲ませて進行していくのに、サビの"just blind me, set me free"のところで
崩れ落ちていくドラムと一連のフレーズが格好良すぎて、毎度震えます。
個人的にライブで聴きたい曲一位。

DEEP RED

格好いい。

RED RUM

ぐうかっこいい。

SEX BLOOD ROCK N' ROLL

USAでもこの人口密度なんだなと思ってしまったので貼ります。
そういやVAMPSでフリとかヘドバンの記憶ってないなと思ったら
そんなことする余地ありませんでした。そういえばそうでした。納得。

sweet dreams

全てが終わって汗だくで我に返って、少し涼しくなった夜の中に出た時に
はたまた、知らない街の中でビールを飲んでライブのことを思い出している時に
深夜の高速バスの中でまばゆい記憶を辿っている時に
ホテルの部屋に返ってシャワーを浴びて、疲労の中でベッドに横たわっている時に
ずっと頭の中にある曲。
人ごみにペットボトルが押し潰される密度の中で、息することも忘れて手を伸ばす非日常の記憶と
自分が日々積み重ねている人生の中の一日と、自分の暮らす日常の世界の橋渡しみたいな曲。
今、なんでもない時に聴いても胸が一杯になって苦しくなります。
夏の記憶を甘く想う一曲だと思います。
この曲を初めて聴いたのは、2010年の大阪USJの駐車場だったと思うのですが
ステージの後ろの一面の空が赤く夕焼けていくのにこの曲が似合いすぎて、未だに憶えています。



毎年一度は見なきゃと思ってて。
で、夏でつらいし、ライブもハードだし、もうこれ修行かなと思って。
2011年は東京から福岡まで高速バスでわざと行ってみたら、それはやりすぎたと思いました。
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by pinngercyee | 2013-07-01 12:00 | 音楽
東中野silent musicで催されている金田アツ子さんの作品展『OTOMECHICA』へ行ってきました。

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仕事帰り、遅い時間になってしまって、ほぼ初めて歩く東中野の住宅の中を
地図を頼りに歩いていくと、会場となるsilent musicは、小学校先左手に上がる坂の途中に
慎ましやかに存在しているのを見付けることが出来ました。



アツ子さんと知り合ったのは、もう何年前になるでしょう。
私が井の頭公園近くの部屋に住んでいた大学生の頃、一人で時間を過ごすために訪れる
家から近い喫茶室といえば井の頭公園駅前の『宵待草』でした。
ミントグリーンとクリーム色の壁をした路面に向かう喫茶店だった小部屋は
ギャラリーになった後も、ささやかな飲み物と静かな時間を供してくれる場所でした。
宵待草を私は時折訪れては、色硝子越しの窓の外の景色、それは雨の日だったり
夏の終わりの緩慢な緑が風に吹かれるところだったり、夜の景色だったりするのですが
そういった中で、私はひとり、本を読み、手紙を書き、考え事をして時間を過ごしていました。
この場所については、閉店する折に、街はぴ内で記事を書いています。
よければそちらもご覧ください。

前置きが長くなりました。
当時の宵待草の店内奥で、長い髪を纏めて静かに給仕していたのが金田アツ子さんという
少女画家の人であることを、私は宵待草の店内で販売される少女画の絵葉書を購いながら
最初の頃は知りませんでした。
一人で宵待草を訪れている時期も、私とアツ子さんはずっと会話を交わしませんでした。
私とアツ子さんが初めて会話を交わしたのは、だいぶ後になってからのことです。
ずっとお話ししてみたかった、店の奥に空気を統べるように佇む長い髪の凛とした女性が
金田さんその人であることを、私はその時に初めて知ったのだったかもしれません。

金田さんの描く少女画の(ご本人は乙女と呼んでいるので少女画というのは相応しくないのかもしれませんが)
少女の視線の揺るぎなさに、私はずっと恋をしているのだと思います。
少女たち、と呼ぶのは間違っています。作品の中の彼女はそれぞれに一人きり(多くて二人)であり
額縁の中に存在するひとつひとつの作品の中で、それぞれのものを見つめています。
夕焼けを見つめ、遠い目をして手を振る少女。
光の中に佇みながら、迷わぬ瞳でこちらを見つめている少女。
月や闇や金魚や花々纏いつつ、柔らかい悲しみに視線を沈める少女。
窓の外の記憶の幻を見つめる少女。
そして目を瞑り、今ここにないものを想う少女。
彼女たちの、一人きりである凛とした存在と、その視線の先への慈しみや悲しみに
私は、金田アツ子さんの作品を見るごとに、息が止まる思いがします。

『少女』や『乙女』という言葉が商業的な概念を持ち、記号的なキャッチコピーとして消費される中
本質的な概念としての『少女』や『乙女』というものは、決して揺らがないものであることを
私は心強く感じます。
『少女』や『乙女』と呼ばれるものが、年若いだけの娘や過剰装飾の服を着た女性を指すのではなく
彼女たちにしか持ちえない美を見出すことのできる視線を持つ精神の清らかさが
『少女』や『乙女』という言葉の概念の核であるのだと、私は金田さんの絵を見るたびに知るのです。



本当に前置きが長くなってしまいました。
音楽家・久保田恵子さんのプライヴェートギャラリー・silent musicで催された今回の展示は
『マリア様のお庭』と題されたものに相応しく、清廉なお庭を備えた美しい場所での
素晴らしいものでした。
訪れたのが日の落ちた後だったため、お庭の写真は撮ることが出来ませんでしたが
古い映画の中で見たような70年代風のクラシカルな応接室の中に並べられた
百点にも及ぶ作品たちを見て貰えれば、それが『乙女』という概念の核を備えた
清らかな空間であることを、感じ取って頂けると思います。
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室内に置かれた大きな黒いソファー、木製のテーブルセットでは
菓子職人でもあるアツ子さん手作りのケーキと、飲み物を頂くこともできます。
私は、この場を訪れる前から決めていた『いちじくのチーズケーキ』と
イギリスから取り寄せるというエルダーフラワーシロップの曹達割りを頂きました。
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初めて嗅ぐ香りと、柔らかい不思議な甘さの飲み物で、こちらでしか飲めないとのこと。
静かな闇に沈んだ夜の時間に、相応しいものに思えて、美味しかったです。



この展示は、明日の日曜日まで催されています。
もし、この週末に時間のある方は、訪れてみて下さい。
少女の揺らがぬ視線の強さと清らかさを、そして乙女という概念を体現した作品群の抱く
強さや優しさや、柔らかい悲しみや、暖かな慈しみを、息を止めながら確かめてみて下さい。

金田アツ子作品展 オトメチカ in Silent Music〜マリア様のお庭〜
◆会期◆ 2012.9.16(日)~23(日)12時〜20時 
◆場所◆ Silent Music  中野区東中野5-11-2 (JR総武線、東中野駅から徒歩5分)
*オトメチカ洋菓子&喫茶店* 同時開催
silent music
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by pinngercyee | 2012-09-22 15:34 | 記憶
『めっきらもっきらどおんどん』
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有名な絵本なので、ご存知の方も多いと思います。
私も、この本を何度も繰り返し読んでもらい、夢中になった子供の一人でした。

遊ぶ友達が見つからなかった少年は、神社の境内でめちゃくちゃな呪文を唱えます。
そして木のうろに落ちた少年は、闇夜の世界で三人の妖怪と出会います。

丸太に乗って空を飛び
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したたるように柔らかい餅のなる木でお腹いっぱい食べて
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海の見える不思議な水晶玉を覗き込み
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山を飛越し、月に届くほどの縄跳びをして遊びます。
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少年が、ふと現実の世界のことを思い出して、一度に夢がはじけてしまう最後まで
大人になった今でも、夢中で読み進めてしまいます。

この主人公の少年は、あの三人と出会って夢中で遊んだ日のことを
大人になると「小さい頃に見た夢」として思い直してしまうのでしょうか。
それとも、「子供の頃に出会った三人の友達との記憶」として憶えているのでしょうか。
そんなことが気になります。

かつて子供だった人たちと、今を子供として生きる人たちへ
リボンをかけておくりたい、三人の妖怪たちと夢中になって遊ぶ日の記憶。
私は身近な友人に子供が居たら、きっとこの本を贈りたくなると思います。
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by pinngercyee | 2012-09-17 17:02 |
『かいじゅうたちのいるところ』で有名な絵本作家センダックです。
『かいじゅうたちのいるところ』しか、知らない人に
センダックがどんなに強く美しい本を書いてるか、知ってほしいです。一ファンとして。

『まどのそとのそのまたむこう』
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タイトルが良いですよね。『窓の外のそのまた向こう』って、手が届かない場所の象徴みたい。
「子供向け」の名目で数々の良質な絵本を書いているセンダックが
この本に関しては、美しい絵本を書こうと思って書いたのだろうなということが感じられます。

ホルンの練習をしている少女の傍らで、窓から忍び込むゴブリン達が
氷の人形と引き換えに、妹である赤ちゃんを攫います。
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妹を攫われたことを知った少女は、ゴブリン達を追うために窓枠を越えて外の世界に向かい
辿り着いた洞窟で、ゴブリン達の正体を暴いて、妹を奪還して戻る話なのですが
何よりも、描かれている世界の描写が美しいです。
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船乗りの父からの手紙。庭のあずまやに居る母。それを取り巻く美しい草花。
その世界の中で、攫われた妹を取り戻すことが出来るのは、少女でしかないのです。
物知り顔の大人が「暗い」「不気味」と切り捨ててしまうこの緻密で繊細な絵本世界は
少女自身が戦わなければいけない彼女にとっての現実です。

子供は、守られるための子供として生きているのではなくて、小さな人間として生きています。
それぞれの場所で守るべきものもあるし、立ち向かうべき時もあります。
そんな当たり前のことを、少女を一人の自立した人間として描くことで思い出させてくれる
この本は、子供時代の私にとっての、標のような一冊でした。
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by pinngercyee | 2012-09-17 15:57 |
二冊目は『ロミラのゆめ』
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ネパールに暮らす少女ロミラについての絵本です。
日本で子供として生きている私、とは全く違った世界で生きる少女ロミラの暮らす日常は
絵本の挿絵の力もあるとは思いますが、とてもロマンチックで素敵なものに思われました。
(きっと大人になってからこの本を読んだんだとしたら
 私はおそらく、ロミラの暮らしに憧れや羨望を抱かなかったと思います。)

山を越えて、山羊を追う仕事の合間に、野生の果実でのどを潤すロミラ。
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自分にとっての普通である日本の夕食風景とは全く違う、電気のない家の中の夕食風景。
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夕食後、街灯もない田畑の中の道を抜けて、子供たちは一軒の家に集まり
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少女たちは奏でられる音楽や歌に合わせて、踊ります。
足首に鈴をつけたロミラのステップに合わせて、鈴の音が響くさまが見えるようでした。
羨ましかったです。夜中のダンスパーティ。
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神聖な山『マチャプチャレ』は、光に照らされて色を変えながらも
そのふもとの人々の暮らしを見守っていることが、伝わってきます。
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日々の中での信仰って、きっとこういうものなんだと感じました。



ロミラのことが羨ましかったです。私とは別の世界で暮らしている少女、ロミラ。
この本を開き、読み返すたび、ロミラの見ている世界を私は憧れを持って眺めました。

ウィキペディアでマチャプチャレを調べてみて、さっき初めて知ったのですが
「神聖な山なので、登山禁止で、人類未到頂」なのですね。
そのふもとに暮らす人々にとって、神聖であるということが
どういうことなのかということを考える機会になりました。

神聖さ。
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by pinngercyee | 2012-09-17 15:19 |
思いついたので、私が子供の頃に好きだった本のことを紹介しようと思います。
何十年も文庫で貸し出された実家の祖母の蔵書なので、本が汚いのはご容赦ください。。


『ゆうやけのじかんです』
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子供の頃の記憶を辿って、一番に思い出すのはこの本でした。
祖母はこの本のことを「子供の本として」それほど評価していなかったらしく
積極的に読み聞かせてくれたという訳ではありません。
祖母の蔵書庫になっている部屋の中で、幼稚園に入る前から私は一人で遊んでいて
この本を取り出しては、絵に見入っていました。

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白いワンピースを着て、白い帽子で顔が隠れた少女が一人、野原でブランコに乗っています。
『ギボギボ』と名付けられたブランコは、ひとこぎするたびに周囲の景色を変えて
少女を色んな世界に連れ出します。
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うさぎのぬいぐるみと、食べきれないほどのケーキを食べるという幻。
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海原の向こうに、真っ赤に燃える太陽が落日する瞬間を見ている時、
その赤さの最後の一滴が消える瞬間に、少女はその赤さの中へ飛び込みます。
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飛び込んだ中の世界で出会った蚊の『ポカ』とともに少女は音楽の導くままに進みます。
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音やリズムやメロディーに心が躍るまま遊ぶ少女と、もはや親友の『ポカ』。
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しかし、いずれ幻は失われ、少女はブランコをこぎ続けていた自分に気付きます。
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幻が幻であることを落胆することなく、少女は暮れゆく本物の夕日の赤さに向かって
その赤さの中に住んでいる親友『ポカ』に向かって呼びかけます。
「素敵なところにいるのねえ」「またねえ」
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これだけの内容ですが、私は子供の頃にこの本を読んで、本当に救われる部分がありました。
自分だけの見た幻の景色を、肯定してくれるという本は、あまり多くはありません。
大人は自分に見えず、子供が見たというものを、基本的に信じないものなので
自分の見た夢想や幻、そういったものを自分の中で肯定していいんだということを
私に教えてくれた一冊だと言えると思います。

ついでに子供の頃の話をすると、大人が当然という現実と、絵に描かれた物語の違いは
私は見分けることが出来ませんでした。
そのことで、小学校に上がってからも、長年不思議な子供扱いされた覚えがあります。
でもテレビのニュースでやる内容と、映画の中で繰り出される物語と
教科書の中の歴史と、昔話と、絵本の中のお話と、どこが違うというのでしょう。
現実と呼ばれることがらも、物語と呼ばれることがらも、両方本やテレビで描かれるものです。
ドイツの昔には魔女狩りがあったというし、魔法使いもいたかもしれない。
竜という生き物が居なかったかどうかなんて、そこらの大人には分からないのです。
人間や犬猫の命が重くて、虫や雑草を平気で殺していいという線引きも分からないし
私の見たもの、私の信じる現実を、大人が笑い飛ばすのも分からないという状態でした。
そういう子供を大人は微笑ましく『夢見がち』と呼ぶことも併記しておきます。

私は分別が付く前に本を与えられていたから、人よりもその兆候は強かったのだと思うのですが
現実にあるもの、ないもの、として小さなころから線引きできている子供は
それほど多いとは思いません。

そのことを、自分が子供だった頃に考えて、そして忘れてしまっている人に
この文章が届くといいなと思って、今これを書いています。
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by pinngercyee | 2012-09-17 14:47 |
先日、『音楽の見せる白日夢』でご紹介したライブに行ってきましたので、
街はぴ上で、レポートを書きました。

『ギターの見せる幻の夜』



本当に、ファンだからということを差し引いて、素晴らしいライブでした。
ライブというか、演奏会という言葉の方が似合うような気がします。

記事の中で貼りきれなかった写真をこちらでも少し。

kyoooちゃん。
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つま先が可憐で釘付けでした。じつは。

Jan Frenzyさん。
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山田庵巳さんと、フクロウ少女。
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by pinngercyee | 2012-09-02 18:05 | お知らせ