今出川通りに面したこの喫茶店の存在は、このすぐ近くに住んでいて
この店のすぐ近くにあるバス停から毎朝大学に通っていた頃から気になっていたのです。
『ゴゴ』
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恰好を付けたがる京都の街の中では珍しい少し間の抜けたというと言葉は悪いですが
幾分変わった佇まいの古びた外見のこの店の扉を押し開いてみる勇気が当時の私にはなく
私は、このお店を記憶に留めたまま、結局京都の土地を離れることになってしまったのでした。

今回の訪問で、どうしてこの店のことを思い出したのか。
しばしば京都を訪れる機会はあるけれど、私はその度に、自分にとっての特別な場所である
恵文社だとか、ゴスペルだとか、迷子だとか、河原町の周辺だとか、イノダ本店だとかを
巡回路のように回ってしまうため、今回の京都行脚では
(いつも行かないところに行こう、懐かしい、忘れかけていたようなところに)
ということを決めていたのです。
そして、普段は時間の制約に追われて、足を延ばせない場所をいくつもノートに書きだしていた時
一度も入ったことのない、この店が例外的に思い浮かんだのでした。

*

進々堂で朝食を頂いた後、私は今出川通りに沿って、出町柳まで歩きました。
存在を忘れていたような記憶を確かめながら、時に裏道に潜って歩いた先の
次の目的地はここと決めていました。

「いらっしゃいませ」
一つ深く息を吸ってから店の扉を開けてみると、柔らかい女性の声が迎えてくれました。
古い珈琲屋は何となく気難しい男性が一人で切り盛りしているのではないかと、少し覚悟していたので
柔らかい京都訛りの女性の声が、旅行鞄を下げた一見の私を迎えてくれたことで
安堵を感じて気を抜くことができたように思います。

入った左手に続くカウンター席には、数人の地元の人と思しきおじいさんが座り
新聞を開いて、めいめいにそれぞれの朝の時間を楽しんでいました。

「そちらの席どうぞ」
促されるままに空いていた手前の4人がけのテーブルに腰を下ろすと、先ほどの柔らかい声の主である
女性が柔和に笑って、水の入ったコップとおしぼりを私の前に置いてくれました。
「コーヒーを、お願いします」
「朝の時間は、茹で卵とトースト、どちらか付くのですけど、どちらにします?」
「じゃあ、茹で卵を」
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「明日、下賀茂神社の流鏑馬でしょう、土曜日」
砂糖を注ぎ、懐かしいどっしりとした京都らしい重みの珈琲を頂いていると
カウンターでお話をする声が耳に入りました。
目を上げると、お姉さんはカウンターで新聞を広げていたおじいさんと談笑しているところでした。
「行かはるの」
「いやあ、この辺住んで長いけど、行ったことないわあ」
私は手元の茹で卵の殻を注意深く剥きながら、聞くとはなしに、彼らの柔らかい京都弁を聞いていました。

この辺に住んで長い、と言った老人は、この喫茶店のカウンターで奥様が迎えに来るのを待っている様子でした。
この近くに住み、朝はここを毎日訪れて珈琲を飲み、新聞を読むという老人にとって、ごく当たり前の日常の中に、私がこの日初めて訪れたこの場所は存在しているのだということをぼんやりと考えます。
『人生に寄り添う場所』
そんな言葉が脳裏に滲むように浮かびました。

卵を頂き、珈琲を飲んで、煙草を灰皿に押し付けて火を消し、私は一時の端居を許してくれたこの場所に感謝を覚えながら席を立ちました。
レジで会計をしてもらう時に、穏やかでにこやかに笑うお姉さんに、友人から託された疑問を問うてみようと思いつきました。
「このお店、どうして『ゴゴ』って言うんですか」
私の問いに、ふと手を止めてお姉さんは少し考えるように首を傾げました。
「先代から、――ああ先代って私の夫の親なんですけど、私がこのお店を継いだ時にはゴゴって名前だったの。だから詳しいことは分からないのだけど」
そこまで言うとお姉さんは「少し待ってね」と私に頬笑み、奥に立ててあった書類の束に手を伸ばしました。
「ほら、これ」
それは何年か前の新聞でした。店主が老いを迎え、古くからのお店を続けるか辞めるか迷った時にお店を継いだのが息子のお嫁さんだったこと。それからもう何十年近い時間が経っていること。名前の由来はもう分からないこと。

「私も詳しいことは分からないのですけどね、最初にこのお店を作らはったおばあさんが居て、そこの京大か日仏会館かでフランス語を学んでる娘さんと暮らしてはって、それでその学生さんが付けたみたいなの、『ゴゴ』っていう店名は。だから多分、フランス語ってことで、それ以上は長いこと謎のまんまだったんですけど」
お姉さんは新聞記事を覗き込んで、言葉を続けました。
「これが新聞に乗った時にね、よく来てくださる京大のフランス語の先生が居てね、その人が辞書で調べて『これじゃないか』って持ってきてくれはったん、ほら」
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「……たくさん、有り余るほどの、好きなだけ」
「そう、それかね、その時代にフランス喜劇が流行ったみたいなの。その登場人物でゴゴっていうのが居るらしくて、そっちなのかもしれへんって話もしたのだけど、結局は分からへんで」
お姉さんは柔らかく笑いました。
「こんな感じの答えでいいかしら、はっきり分からなくてごめんなさい」
「いえ、有難うございました」
何十年も前に女学生だった娘さんが何を思って名付けたものかは分からなかったにしろ、この名前を冠したこの場所が、歴史を含めた何十年もの間、色んな人に取り巻かれ日常を支えてきたということは十分に分かり、そんな話を聴くことができたことが、私はとても嬉しかったのです。

「家内が迎えに来るって言うてたんやけどなあ、来いひんなあ」
私とお姉さんがレジの前で会話しているその向こう側では、奥方を待つ老人がカウンターに頬杖をつき、先ほどまで読んでいた新聞を置いて、人待ち顔で遠くを眺めていました。
「今に来はるわよ。珈琲、もう一杯飲まれる?」
お姉さんがかけた声に老人は、子供のように口を尖らせて「いや、いい」と答えました。
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by pinngercyee | 2014-07-01 00:24 | 京都
色濃く澄んだ青空から、白い光が強く注ぐ京都の朝に、私は旅行鞄を持ったまま再び歩き出しました。
――千本今出川からなら、201番のバスで百万遍に行ける。
十年ほど昔に住んでいた時の記憶と知識で、私は京都の街の中を迷わずに歩けることを
今になって役立てていることを感じます。

次の目的地は決まっていました。百万遍、今出川と東大路の交わる十字路はそう呼ばれ
ただの交差点の地名と言うよりも、京都大学の存在する場所として、知られている場所になります。
鴨川に沿って地下を走る京阪電車の終点駅、出町柳から少し奥に入った場所。
そのあたりは、私が京都で初めて部屋を借りて、二年間を過ごした地域でもありました。

土地勘は全くない状態で、どうして通っていた外大からバスで40分もかかるような左京区に
部屋を借りようと思ったのかと言うと、ただ単に、「仲良くない同級生に遊びに来られたくなかった」から
という理由だったのですが、そんな理由でも、私は京都の中でも、出町柳に住むことができたことは
とても幸運だったと今になって思います。今から京都に引っ越して、部屋を探すとしたら
私は再びまた左京区に住みたがると思います。

京大の向かいにある古いパン屋が併設された喫茶店『進々堂』は、立派なブーランジェリーとして
チェーン展開をしている『進々堂』とは別の存在で。私は出町柳に住んでいる時に
少しの背伸びする気持ちを胸に、休日の朝ごはんを自転車に乗って食べに来ていた場所でした。
時折言われる「京都はパリに似ている」という言葉で、アカデミックな気難しさのある静謐さ、のような
そんな空気を持っているのは『進々堂』が最もたる場所なのかもしれないなんてことを思います。
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有名なお店なので、観光客も多いのだろう、と覚悟をして久しぶりに見る進々堂の古い扉に手を掛けると
「全席禁煙」「撮影禁止」という紙が掲げられていることに気付きました。

お客を逃がすこんな文言を店の前に掲げてしまうというところが京都らしさかもしれないと思い
朝ごはんの後に煙草を喫えないことと、せっかく訪れた場所を写真付きで紹介できないことへ少しの
落胆を覚えながら、私は「この緊張感のある張りつめた空気を、私は訪れたかったんだ」と
帰って嬉しいような、懐かしいような気持ちになったことを書いておこうと思います。

京都を訪れる度に私が必ず頂く「美しい朝ごはん」はイノダコーヒの『京の朝食』ですが
ここ、京大北の進々堂で頂く朝ごはんも、格別に清楚で美しい食事だと思っています。
パン屋だということに加え、カレーもあるためメニューに幅はあるのですが
私が頼むのは『プチデジュネ』という名前のセットです。
どうしてプチデジュネに憧れのような執着を覚えるのか、理由は思い出せないのですが
雑誌か何かで「憧れの美しい朝ごはん」として紹介されていたものを読んだような気もします。
付された言葉を裏切らない慎ましく清楚な美しい食事、そしてそれを頂く場所としての重厚で清楚な緊張感。
そういったものに、私は恋をしたのだったかもしれません。

――京都に住んでいた頃は、本当に自分に自信がなくて劣等感が強かったから、すぐに何かに憧れて、それに似合う自分でなければならないと、強く自分を戒めて雁字搦めにしてしまっていたことを不意に思い出します。

それは苦しい時代でした。京都には私を背伸びさせた場所が多く存在し、私は苦しくても心から「こうあるべき」というものと向かい合うことのできた禁欲的な時代だったとも思います。それは京都という土地の持つ揺らがぬ美意識や文化が、私を律してくれたということなのかもしれないと今になって思います。

5月の朝の、幾分ひんやりとした空気が静かに沈殿する店内は、私の記憶の通りの場所でした。
店内に6つほどある黒田辰秋の作という十数人が腰掛けられる大きさのテーブルには
視線を交わさない場所に座った来客が数人、それぞれが本を読んだりして朝の時間を過ごしています。

木造校舎の図書室のような店内中央に、一段高くなっているカウンターはタイル貼りで
飾り気のない二人の女性が楚々とした様子で働いていました。

「プチデジュネを」
「コーヒーにミルクを入れても」
「はい、大丈夫です」
小さく会釈をして、カウンターへ戻る女性の背中をぼんやりと視線で追いながら
この会話をすることも、久しぶりであることをぼんやりと思いました。
京都の珈琲は、濃く、重く、そして店によってはミルク入りであること。
私が珈琲というものの味を覚えたのは、働いていた今はもうない名曲喫茶みゅーずの
ずっしりと重く、砂糖を加えるとねっとりという形容すら似合う濃さの珈琲でしたが
お客として頂く一杯として、あの頃に飲んでいた珈琲は、例えばフランソアの
例えばイノダの、例えばスマートの、ミルク入りの珈琲でした。
――そういえば、ここもミルクの入った珈琲を出す京都の喫茶店なのだった。
そんな記憶の中に辿りきれていなかった、けれど、とても良く知っている香りの
ミルクの油分を少し含んだ珈琲に、私は、遠い日の記憶を見たような気がしました。

間もなく手元に届いた木製の盆に乗った朝食は、イングリッシュマフィンと珈琲
それにガラスの器に入った野菜添えのあっさりとしたポテトサラダです。
まだ温かいマフィンを両手に持って、指先にざらつく粉をこぼさぬよう注意を払って一口齧ると
塗られたばかりの溶けたバターと、ぎっしりとした密度でマフィンに閉じ込められた小麦の香ばしさが
鼻の奥をくすぐるのを感じます。
私がまだ、少女と呼ばれても相違なかった頃に、清楚さに憧れた慎ましく美しい朝ごはん。
この場所に、このお店が続いて行く限り、私は少女の頃の片思いに再会することができるのだと
そんなことを考えたように思います。
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by pinngercyee | 2014-05-23 05:49 | 京都
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朝5時半に京都駅八条口に到着。朝日の中、バスから降りて朦朧とするのは毎度のこと。
駅のトイレで歯だけ磨きながら(お風呂に入りたいなあ、)と思うものの
京都タワーの銭湯が開くのは朝7時なのです。待つにしては一時間半は長いし
前回、開店時の雪崩れ込む勢いに乗り遅れた私は蛇口が取れず悲しい思いをしたので
今日は(漫画喫茶のシャワーでいいや、身支度も兼ねてちょっと休もう)と四条河原町へ。
京都駅周辺にはシャワーのある漫画喫茶がないのです。あったら繁盛すると思うのだけど。

今回の目的は、3日にあるミステリ研の式典に出席することが目的だけど
ここのところ足を運べていなかった京都にせっかく行くんだから!と欲を出して
一日早く前乗りしたのです。

「住んでた時に行ったきりとかの好きだった場所とか当時から憧れてた場所とか
噂に聞いてまだ行ったことないまま気にしてる場所とか
 普段のコースに含まれていない場所に行く!」
という野望を込めて。

ゴールデンウィーク最中なだけあって、ホテルが今回全然取れず
宿は、なんとか確保した堀川御池のゲストハウスでチェックインが16時以降なので
それまでの時間を、できる限り飛び回る覚悟で、私はバスの一日乗車券500円を買いました。
市バスは私が住んでいた当時、区間内なら距離に関係なく一回の乗車について220円でしたが
今回久しぶりに来てみると230円に値上がりしていて驚きました。消費税の関係かしら。

仮にも京都に5年ほど住んで、日常的に市バスを使っていた私ですが、未だに市バスは乗る度に
「小銭あったっけ」と本気で焦ります。多分、京都の人に言ったらこれ共感してもらえると思う。
なので、2回以上バスに乗る予定があるなら、もう500円の一日乗車券買ったほうがいいです。
差額の40円であの焦りのストレスから解放されるなら安いものだと思います。ほんと。

*

17番のバスで京都駅から四条河原町に向かい、四条河原町で下車。
漫画喫茶でシャワーを借りて、身支度をして、51番のバスに乗って千本今出川へ。
目的地は、喫茶『静香』です。ソワレやフランソアと並ぶ京都の老舗の名店の一つですが
場所が千本今出川という私の行動範囲外にあることもあって、京都に住んで居る頃に訪れた以来
店内の様子は瞼の裏に鮮明に浮かべられる割に、一度も訪れることができずにいた場所でした。

かつては花街として栄えた上七軒で、古くから時間を重ねてきた静香の店内には
菫の花のような可憐な少女趣味の滲む『静香』にしか存在しない情景の中、
この場所に通って珈琲を飲んだ芸者さんの名前を記した団扇が飾られていたことを思い出します。

*
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静香の開店は7時、と食べログに書いてあったのに、朝9時に店の前に立った私の前には
シャッターが閉まり、鍵がかかったままの姿があって、バスに揺られて辿りついた千本今出川で
私は一人立ち尽くしました。
(店を閉めてしまったのかしら、定休日だったかしら、いや、まさか)
と動揺しながら、それでも十年以上ぶりに見る静香の外観に懐かしさを感じて
(どうしよう、ここまで来たものの、正直つぶしがきかない場所だし)
シャッターの閉まった静香の前で、途方に暮れていると、私の背後にタクシーが一台止まりました。
「あらー、早くいらっしゃったんね、ごめんなさいねえ、開店十時からなのよ」
タクシーから降りてきたおばあさんは柔和に笑って、ゆっくりと歩を進めながら
静香の入口の鍵を開けました。
「開店までまだかかるけど、よかったらお入りになる?」
摺り足で店内へ歩を進めたおばあさんが、こちらを振り向いてそう言ったので
旅行鞄を下げたまま、店頭でぽかんと彼女を見送っていた私は我に帰り、肯きました。

締め切られていた店内には、人の気配のなかった場所特有の空気がありました。
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いつもは店頭に出されている看板がしまいこまれていて、何十年もの時間を重ねた壁や
古い電車の席にも似た懐かしい椅子や、細いテーブル、それらを含んだ見覚えのある場所が
遠く色褪せそうになる記憶の中の情景のままに、目の前に存在していました。
この場所を初めて訪れるためにバスに乗った十八歳の休日や、当時読んでいた本のことや
初めての場所を訪れるのだからと買ったばかりのブラウスを初めて着てみたことなどが
ごく先週の出来事のように、鮮明な記憶として瞼の裏を過ぎりました。
でも先週の出来事と言うにはそれは、鮮明に湧き返した記憶の実感とは裏腹に、その時の記憶は
子供のころに見た映画のワンシーンの記憶のように、細部が滲んでいる情景でした。

消えてしまった記憶の細部を補うように、私は開店前の人の居ない静香の店内を見回しました。
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ガラス窓越しに見える裏庭の緑。奥の席の、広めに設えられているビロード張りのソファー。
天井の色。備品の並ぶカウンター。床に響く足音。
――記憶の空白を埋める作業は、自分が生きていることを確かめることだわ、
そんなことを思ったことが印象に残っています。
店内を懐かしく思って見回している私に、おばあさんは
「まだ開店まで時間がかかるの、お待たせするのは悪いから、良かったら他を見てから戻っていらっしゃい」
と声を掛けてくれました。時計を見るとまだ午前九時を少し回ったところです。
「十時まで一時間くらいあるから」
そう言ってくださる柔らかい声に、今回の滞在の中で必ずもう一度この場所を訪れることを
約束するのもいいのかもしれないと思いました。
「じゃあ、そうします。もう一度、来ますね」
そう言って私は旅行鞄を肩に掛けました。
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by pinngercyee | 2014-05-23 05:46 | 京都
2012年5月 京都散歩 その1に引き続き、書きます。

次の目的地は、恵文社一乗寺店
鴨川の向こう側、出町柳駅から叡山電車に乗り、三つ目の駅、一乗寺で下車します。片道200円。

出町柳の駅の近くには、私語厳禁の名曲喫茶柳月堂、その階下にあるパン屋柳月堂、
国内外のインディーズアートを取り扱うトランスポップギャラリーなど色々ありますが
今回は立ち寄っていないので、書きません。

一乗寺の駅で下車し、右手に数分歩くと、恵文社一乗寺店があります。
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そういえば、私、このブログで恵文社について、書いたことがありました。

贅沢な休日

上記の記事で書いている通り、十年前に、出町柳に暮らす大学生だったころから
私は恵文社に足を運ぶたびに、畏敬のような信頼のような気持ちを抱いていました。

静かな場所。揺るぎない清廉さをまとった場所。
お寺の庭を訪れた時に感じる涼しさにも似た荘厳さと言ってしまうと
少し大げさかもしれませんが、この場所はやはりとても特別な場所なのだと
入口のドアを押し開ける度に、歩を進めてキシキシと鳴る音を静けさの中に聞く度に
これからの人生を一変させてしまうような予感のする一冊の本や
宝物になるかもしれない小さな一つの、何か。ペンや葉書や、そんな何かを見つける度に、
その思いは強くなります。

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店は入口からすぐの空間(写真上)が、本を扱う場所になっています。
大型書店のような網羅性はありませんが、この場所に置かれる本は一冊残らず
「選ばれて」この場所に置かれているのだ、という必然性を持っているように感じます。
取り扱われている音楽や画集、絵本などに至るまで、この空間にあるもの総ては
威厳を持ってその場所に存在しているのだと感じさせられます。

本を扱う左手奥は、ギャラリーを備えた雑貨スペース。(写真中・下)
私が銀座月光荘を知ったのは、この場所でした。
美しい名前の、(例えば『夜のセーヌの青』など)控えめな色味の可憐な便箋を
五色の中から選び出して、会計に持っていった時の気持ちを今も覚えています。

写真にはありませんが、数年前の改装で、書籍スペースの右手奥には『生活館』ができ
食器や料理に纏わるものなどを扱っています。

サイトの通販から、単純な意味での買い物はできますが、
私は関西に訪れる理由ができるたびに、京都・一乗寺まで足を伸ばして、ここを訪れます。
息を潜める時の気持ちを思い出すために。
この場所で息を潜めて、耳を澄まし、自分の予感を信じて棚に手を伸ばすときの
あの少女の溜息のような感覚を忘れてしまいたくなくて。

こちらでは、今回、山田風太郎の『人間臨終図鑑』の一巻を求めました。
窓辺の冊子の配布もお願いしました。



何年か前に、恵文社の傍らに『葡萄ハウス家具工房』二号店が開店しました。
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以前は、恵文社の何本か裏手の道を迷いながら目指さないと辿り着けなかった場所が
分かりやすい場所に開店して、探しに行かなくても立ち寄れるようになって嬉しいです。

また京都に住む時には、ここで家具の一式を揃えようと思っています。
恵文社のサイトでも紹介されているように、質のいい可愛らしいアンティークの家具を
手頃な価格で扱っていて、家具はたやすく購入できないながらも
一度訪れると欲しくなってしまうようなものが沢山あって困ってしまう素敵な場所です。



恵文社を出て、北白川にあるガケ書房へ向かいます。
このルートは、直通のバス路線がなくて、時間がある時はだいたい歩くのですが
今回は時間がなかったため、タクシーに乗ってしまいました。

さて、ガケ書房です。
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ガケ書房は、私が居た当時はなかったので、私は今回みたいな旅の折に訪れるばかりに
なってしまうのですが、ここも恵文社と並んで、京都を訪れる際には寄りたい場所の一つです。

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店内は雑誌や一般書籍が木製のラックに並べられている傍らに
「可愛いもの」「面白いもの」などの雑貨や、京都の街に関わりのある音楽を集めた棚
古書を出店している古本ブースなど、広義のサブカルチャーというよりも
店主が誠実に選んだ「面白いもの・素敵なもの」が店内に集められているという印象を受けます。

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「写真を撮らせてください」と言うと、お店の方は
「あの奥に、カメが居るので、カメも撮っていってくださいね」と仰ったので
覗き込んでみると、居ました。カメ。全部で4匹居るそうです。
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ガケ書房では、友人のパラパラ漫画家TAMAXさんの作品も取り扱っているので
前回に続き、売場の写真も撮らせて頂きました。
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私はかれこれ十年くらいTAMAXさんの文章のファンで、ブログを見守っているのですが
彼女のパラパラ漫画作品も、スマートでいじわるで大好きです。『フルコース』が特に好きです。
デザインフェスタに出店したり、ガケ書房・タコシェなどのお店で取り扱っているので
気になった方は是非。



タクシーでショートカットしたため、ちょっと時間に余裕ができて
「ここ(北白川)で余裕が出来たら、迷子行くでしょ!!」と銀閣寺前まで。

『迷子』とは、銀閣寺前を南下した場所にある有名な喫茶店『GOSPEL』の一階にある
珈琲だけの喫茶店です。アンティークの品々と、質のいい面白いものを選りすぐった古本と
話好きのマスターの山本さんがいらっしゃって、行く度に
格別に美味しい珈琲を頂きながら、目から鱗が落ちるようなお話が聞けて
自分で探しても見つけられないような面白い本を教えてもらえる小部屋なのです。

京都に行くと、迷子には必ず行きたいです。時間を作ってでも。
で時間があれば、二階のGOSPELでキノコカレーも頂きたい。超美味しいの。
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GOSPELのお庭は、薔薇が満開を迎えていて、私は今が五月ということを思い出しました。
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今回、迷子店内の写真は撮ってくるのを忘れたので、また迷子については改めて書きます。
恵文社のブログに迷子の紹介記事があったので、貼っておきます。
恵文社のお店探訪

この後は、我に返って大急ぎで京都駅へ向かい
『迷子』で譲って頂いた山本夏彦氏の本を読みつつ、新幹線でした。
(19時下北沢はギリで間に合いました。)

今回は、こんな感じの京都散歩でした。おしまい。
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by pinngercyee | 2012-06-10 23:35 | 京都
「そのうち続き書きます」と言ったまま書いていなかった大阪・京都紀行
京都~大阪旅行記 1日目京都
京都大阪旅行記 1日目大阪
京都大阪旅行記 2日目夙川・大阪
の続き3日目を書かないままに、また大阪~京都へ行ってきました。すいません。



今回は、1日目は友人の結婚式。
2日目は、1日目で花嫁だった友人を連れてユニバーサルスタジオだったので
はしょります。
ユニバーサルスタジオでは、スパイダーマンだけ乗りました。楽しかったです。
(楽しかったです♡以外に感想が書きようがない……、シュレックとか園内うろうろしていました)



3日目。
例によってホテル関西(上記過去記事参照)だったのですが、今回も幽霊は出ませんでした。
朝10時に荷物を持ってチェックアウト。
最低限の手持ち荷物以外を詰め込んだカートはコンビニから自宅へ送ります。

この日は夜に東京・下北沢で双葉双一氏のライブがあるので、サクサクと目的を済ませて
新幹線に乗らなければいけませんでした。

10:50頃、烏丸で下車して、ひたすら堺町三条のイノダへ向かって北上。
目的はイノダの『京の朝食』です。
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この世で一番美しい朝食だと思います。
朝11時までしかオーダーできないので、荷物を抱えたまま小走りで北上。
今回も、なんとかオーダーに間に合うことが出来ました。(前回もギリギリで走った記憶がある)

この日は5月の光が降り注ぐ天気のいい日で、テラスに向かった席から、外にちらつく緑陰や
木漏れ日が本当に美しくて、息を切らしながらも来て良かったな、と思いました。
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周囲のテーブルでは、ゆっくりと新聞を読む地元の人らしいおじさんたちと
談笑し合う女性たち。本を広げている大学生らしき青年たちなど、それぞれの人々が
思い思いに時間を過ごしながら、五月の光の降る場所を共有し、
それぞれに美味しい珈琲を頂く姿に、とても良い意味での喫茶店らしさを感じました。

イノダのウェイターの人たちは、以前私が京都に住んで自転車で訪れていた頃から変わらず
凛として穏やかに客席を見守っていて、とても親切でスマートです。本当に格好いい。
私も当時喫茶店で働いていたから、イノダの給仕の美しさに憧れていたことを思い出しました。

お手洗いに立つと、お手洗い前の廊下に居る鳥たちと目が合います。
彼らに会うたびに、元気そうでよかった、と思います。
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廊下の先に見えた、光の中のテラス席。
なんて美しいんだろうと思います。
美しすぎて嘘みたい。理想のテラス席の概念そのものみたい。
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イノダは、行く度に感動するのですが、今回もやっぱり感動しました。
美しい場所です。美しいという言葉が陳腐になるほど、完璧な場所です。
京都に赴かれる方はぜひ。
今は東京や札幌のデパートの中に出店していたりもしますが、(東京駅大丸店も好きですが)
やはり、機会があれば、ぜひ本店を訪れてみてほしいと思います。
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(写真に私が写りこんでいるのは気にしないでください。)



三条通りを東へ進み、御幸町三条の角にあるカフェアンデパンダンへ。
古いビルを改装した地下にあるこの場所は、京都のカフェの中でも古くからあるところで
たびたび耳にする「京都はパリに似ている」という言葉の証左になる場所ではないのかなと
勝手に思っている場所です。
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左手にあるカウンターにメニューが掲げられており、キャッシュオンで注文する形式です。

この日は、窓辺の冊子配布をお願いするために立ち寄ったのですが
京都時代、アンデパンダンには折々で訪れていたのを思い出して懐かしくなり
サングリアを一杯だけ頂くことにしました。
当時、ここで働いていた友人と、よく鴨川で夜中に落合い、朝まで話をしたりしていたのですが
「一人でお酒飲みに行くなら、アンデパンダンいい店だと思うよ。全部500円だし」と
言ってたなあとか。店員だから言ってたのかなあとか。(確かにサングリア500円でした)
当時、勤勉な学生ではなかった私は、試験の日に大学に行くのが嫌すぎて
ここで泡盛を二杯飲んで酔っ払って、勢い付けてから大学行ったりしてたなとか。。
(甘酸っぱい、ではなくただの酸っぱい思い出で申し訳ない)

ここ、地下に降りる階段と、入口の前になる場所が素敵だったことを、行って思い出しました。
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アキカウリスマキの映画に出て来そうな景色。



河原町まで出て、河原町今出川までバスに乗ります。
次の目的地は、一乗寺にある恵文社一乗寺店なのですが、そこへ行くまでに
出町柳あたりを少し歩きたくなって。

京都で、美味しい和菓子と言えば、私は出町柳の『二葉の豆餅』を推します。
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この日も平日だったのですが、この通りの行列。
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右上のが目当ての豆餅。一つ170円。
やっわらかくて、豆に程よい塩味が付いて、格別に美味しいのです。
出町柳に住んでた時期は、ここで豆餅を買って、京都御所の森の中で
落ち葉に寝そべって食べるのが、暇な休日の過ごし方でした。



二葉から鴨川方面へ信号を渡ると、川に出る手前に懐かしい景色がありました。

金魚売。私が住んでた当時からこの場所に居ました。
飼えないので、覗き込んでばっかりだったのですが。
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その隣にある、緑に沈んだような弁財天。
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その向こう側、川のほとりにある植物店。
花屋ではなく、種とか苗とかを扱っている印象。
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出町柳は、鴨川がYの字に分かれる傍らにある場所なので
ここからYの字を横切るようにして中州を渡ると、出町柳の駅に出ます。
三角州や飛び石も、鴨川の河原も大好きな場所なのですが、今回は時間がないためスルー。

長くなったので、続編に続きます。
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by pinngercyee | 2012-06-10 18:15 | 京都
今月頭に行ってきた京都~大阪で撮った写真を貼って旅日記を書きます。1日目。

12/2
金曜日にゴロゴロ持って出社。
仕事の後、ゴロゴロ持って新宿へ。

窓辺編集長と落合い、窓辺カードを受け取り、スカラ座でお茶。
解散後カレー食べて、東口diskUNIONで人間椅子とマヘルシャラルハシュバズを衝動買い。
UNIONの脇にあった音楽専門書店がちょっとすてきでした。

高速バスに乗ります。
高速バスって毎度、乗る前に「絶対疲れて酷い目に遭う」と絶望的な気持ちになるのですが
(今回も例によって、一週間働いてそのあと高速バスとかハードル高すぎると
 自分で決めたコースに関わらず、暗い気持ちになっていたのですが)
通路側だったものの、蒸気アイマスク付いてるわお茶付いてるわ、すごく親切で
嬉しくなりました。そして難なく熟睡。でも首痛いの。
旅に出る数日前に、ブランケットコートという名の分厚いコートを買って着ていたのですが
毛布代わりに暖かくて、本当に買ってて良かったです。
(京都大阪はすごく暖かくて、旅先ではほとんどホテルに置きっぱなしでしたが)

12/3
朝6時半京都駅着。
目的地は今回大阪だったのですが、なぜ京都で降りたのかというと
京都タワーホテル地下の大浴場で、お風呂に入りたかったため。
朝6時代の京都駅(周辺~地下街含む)って、一種のカオスで
何がって言うと、高速バスを降りた人たちが、行く場所なくて大勢彷徨っているのですよ。
去年、同じコースで一度京都に来た時は、朝6時の京都駅のトイレが
バスから降りた(コンサート目当ての)女の人たち数十人で占拠されてて
朝早いのにツアーTシャツ何人も着てたりして。
そういう人たちが、朝7時の大浴場オープンと同時に流れ込むので
朝の京都タワーホテル周辺って本当に独特なのですが。
そしてあまり広くない大浴場の洗い場は、うっかりすると先客に全ての蛇口を占拠されて
お風呂セットのポーチとタオルを片手に蛇口が空くまで全裸で待たなきゃいけないっていう。
今回も、油断しまして、まんまと待つことになったんですけど。
で、こんな目に遭って、お風呂に入ると気が緩んで、高速バスでの疲れが出て
早朝からゲッソリしてしまうのですが、何故か
「高速バスで京都に行くなら、その儀式をしなければ」という不思議な気持ちになるのです。

お風呂から出ても、朝8時とかなので、マックとかしか行く場所ないのですが
「朝8時ならモーニングやってる喫茶店あるな」と踏んで、四条河原町方面へバス乗車。
(京都は、本当にバスを把握しないと何処へも行けないので、
 以前京都に住んでいて良かったと思うのは、どこ行のバスにはどこへ行けば乗れるというのが
 無意識にスキルとして身についたこと。)

三条河原町でバスを下車して、早朝の光の中で晴れてる空を見て
「あー京都だよー」と既視感いっぱい。
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フレンチトースト目当てで寺町通スマートに行くと、やっていました。
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フレンチトーストと言えば、スマートです。京都に関して言えば。絶品です。
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珈琲はすっぱめながら、深みがあって美味しいです。

早朝に関わらず、お店はフレンチトーストの朝食目当てのお客さんでほぼ満席でしたが
高速バスから混んでる風呂に至る疲れでぐったりしたので、少しゆっくりさせてもらいました。

ちょっと放心したら、少し元気が出たので、近くを散策。
以前、この近くに住んでいたので、少し懐かしい気持ちもあり、うろうろしました。

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鳩居堂。銀座にもありますが、寺町通の本店の方が、店構えが格好いいと思います。
季節毎に新しい柄が出る、シルクスクリーンの葉書は70円より。
以前は片っ端から買い集めていたのですが使いきれなくて、結局祖母にあげました。
集めなくなったとはいえ、行く度に何枚かずつは欲しくなってしまいます。

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本能寺です。わざわざ貼るもんでもないかもしれないですが、喜ぶ人も居るかと思って。

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憧れの三条寺町三嶋亭。
一度だけすき焼きご馳走になったことがあります。すんごい美味しかったです。

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一階ではお肉屋もやっていて、お土産も買えます。牛肉しぐれ煮700円くらいでした。
自分用とお土産用に買ったのですが、言葉を失うくらい旨かったです。
これをお土産にあげれば、大概の人は喜ぶんじゃないかしら。餌付け的な意味で。

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近くで働く友人に電話してみると「今起きたー」と言っているので
「じゃあまたねー」と切り散策継続。ここは寺町御池の交差点です。

(この途中にまだ開店してないアンデパンダンに突撃して窓辺カードお願いしたり
 通りかかったアスタルテ書房覗いてみたもののやっぱり閉まってたりします。
 アスタルテ書房は三条御幸町を北へ歩き
 ヤマト運輸の集荷場を目印にするといいと思いました。)

寺町御池の交差点から北へ。この辺、住んでいた当時は毎日通っていた道です。
古そうな仕立て屋やら、和道具やら、手芸屋やら家具屋やら見慣れた景色。
(今PCを置いて使っているこの勉強机も、この家具屋で15000円で購入したもの)

その中で、ずっと風景の中にあって気になりつつも
一度も足を踏み入れたことのなかった珈琲エイトに、初めて寄ってみました。
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ツイッターにも書いたのですが、好い喫茶店で一息つくことができると
その度に、「私、喫煙者で良かったなー」と思います。
好い場所、きれいな場所、落ち着く場所で、珈琲を飲んで煙草を吸うと
「自分が此処に居る」ということを、客観的に自覚できるというか。
その幸せな一時を自覚できるというか。

京都に多い端正な美学のような喫茶店ではなくて
色んな場所に色んなものが散らかっているようなお店でしたが
店の奥のガラス窓を通して見える雑然とした緑が、すごく良かったです。
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楽な気持ちで、ぼんやり珈琲を飲んで時間を過ごしていられる場所でした。
カウンターの奥で豆を挽いたり、水を使う音が時折響く静かな場所でした。
喫茶店でラジオやテレビがかかってるの好きではないのですが
ここに関しては、ラジオが流れてても嫌じゃなかったです。

しばらくゆっくりして、店を出て
以前住んでいた二条通を西に進み、当時見ていた界隈を思い出して
そこから南へ進んで、烏丸から阪急電車で梅田に行く見込みです。

その途中。
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モーニング客で賑わう、大きい円形カウンターのあるイノダコーヒ三条店。

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こちらは本店。
自転車乗り付けてイノダで珈琲飲みに行くって、今考えればすごい贅沢。

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甘いおつゆの煮込みうどん、富美屋鍋。食べたかったけど時間がなくて残念。
でもこれって、きっと一人で食べるもんじゃない。

そんなこんなで1日目京都編ここまで。
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by pinngercyee | 2011-12-18 20:47 | 京都
赤い別珍張りの椅子。クラシカルで重厚な店内。円形の天井に教会の聖堂を想う。
ステンドグラスが外界との境を隔て、灰色のワンピースの少女たちが静かに給仕をする。



京都の四条通から木屋町沿いに少し下がった繁華街の中、フランソア喫茶室は密かに在ります。
私はフランソアで働く灰色のワンピースを着た少女たちに憧れていました。

あの制服を着ている限り、彼女たちは『少女』という生き物でした。
私も当時、『少女』と呼ばれる年の頃でしたが
人生で最も素晴らしい年の頃にすら、退屈な日々を過ごすつまらない自分を、私は嫌悪していました。
『少女』という言葉の想起させる華奢さや可憐さ、長い睫も白い手足も
『少女』の美点と呼ぶべきものを、私は何一つ持っていませんでした。

美しい場所で、迷いなく少女として存在する灰色のワンピースの娘たちを
私は何も持たない劣等感の傍ら、羨ましく憧れる気持ちでフランソアへ足を運んでいました。

歴史という名前の膨大な時間を吸い込んだ空間で
少女期という上澄みを何十年も積み重ねられている喫茶室。
珈琲を頼むと初めからクリームが乗って供されるのは、京都独特かもしれません。
クリームの乗ったまろやかな珈琲は、あの少女たちの場所にひどく似つかわしい飲み物に思われました。

美しくあるべきとされる年頃ではなくなってから、私はだいぶ生きるのが楽になりました。
もう何年も訪れていないあの場所は
今も灰色のワンピースの少女たちの居る、清らかで静かな空間であるんだろうなと
遠く離れた東京から、少し懐かしく、少女たちに憧れた季節を思い出して
久しぶりにあの清く重厚な少女たちの聖堂を、訪れてクリーム入りの珈琲を頂きたいなと
少女の齢を過ぎた私は、眠る前にぼんやりと考えたりしています。

フランソア喫茶室
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by pinngercyee | 2011-08-31 23:11 | 京都
京都で初めての一人暮らしを始めたころの私にとっての贅沢は
何の予定もないぽっかりとした休日に、一乗寺にある書店『恵文社』に行くことでした。



昼前に起きだして、洗濯をし、布団を干して、簡単な朝食を食べて
自分にとって特別な場所へ赴くために、礼儀正しく上品な可愛い服を選ぶこと。
素敵な休日を過ごすためには、素敵な日に相応しい素敵な洋服を選ぶことが、
最低限必要な条件だと、現在よりも強く、当時の私は信じていました。

学校には着て行かない特別なワンピースを着て
普段は履かない革の靴を出して
出町柳から、叡山電車で二つ駅を越した一乗寺に向かいます。

駅員の居ない一乗寺の駅を出て右手に暫く歩くと『恵文社』があります。



東京からも新幹線に乗って行く人がいるだとか
本を出版したりだとか
雑誌に取り上げられたりだとか
近年は、東京に住んでいても耳にすることがある『恵文社』は
当時、まだ地元の美大生や芸術系の学生が主に集う
知る人ぞ知るというような場所だったような気がします。

ガラスの嵌め込まれた木製の扉を押し開けると、一瞬で空気の質が変わるのが感じられます。

どんなに見回して見ても日常の世界である扉の外と、密やかな時間が静かに沈殿するような内側。
一歩足を進めるごとに、木張りの床が「キッ」と高くかすかな音を立てます。
展示されている美術品のように、そこでは本の一冊までもが、その場所に存在する
その理由を与えられていると、静かに強く感じることができます。
普通の本屋の軒先に並ぶ、アルバイト店員の媚笑にも似た気安さの表情と比べて
恵文社に並ぶ本は、一冊残らずそれぞれが己に誇りを持っているように見えました。

小さく澄んだ音で音楽の流れる店内を、息を潜めて、足音を立てないよう気を付けながら
静かに見回して歩きます。

初めて目の合った本。
私の手が伸ばされることを運命付けられているような、特別な一冊。
サラサラと微かな音を立てる万華鏡。
なめらかで薄い紙で仕立てられた小さな手帳。
セーヌの青と名付けられたインクの色をした便箋。
掌に収まってしまう小さな宇宙のような銅版画。
小さな橄欖石の首飾り。
昔の詩集。

月に一度だけ、私は「恵文社で欲しいものを全部買ってもいい日」というのを作っていました。
とは言っても、高価なものは買えません。
丁寧に店内を歩いて回って集めた、宝物のような上記の品々を買ってもいいという日でした。
それがどれほど特別に、贅沢で幸せなことだったか。
一年前まで、アルバイトもさせてもらえず、欲しいものを諦めるばかりの高校生だった時分からは
想像も付かないほどの、贅沢なことでした。



会計を済ませ、両手にすっぽり収まる大きさの紙袋に宝物が収められた後は
それを静かに楽しむ場所へ向かうのです。
適当なお店や、煩雑な場所、日常の匂いのする場所ではいけません。
宝物を広げて、ひとつずつ確かめるための場所に赴かなければいけません。



今はもう無くなってしまったのですが、当時百万遍を下った場所にある日仏会館の一階に
藤田嗣治の絵のある喫茶室がありました。
庭には噴水があって、それを取り囲む木々は秋には葉を散らせて
その下のテラスに出されたテーブルで、お茶を頂くことができました。
煮詰められた林檎のタルトを頂きながら、秋の日の昼下がりに
買ったばかりの包みを解き、私のものになった美しい物たちをひとつひとつ確かめる時間が
私の知っている中で、一番の贅沢ではないかと、思います。
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by pinngercyee | 2011-08-17 23:15 | 京都
「変哲のないマンションの一室に、靴を脱いで上がる不思議な本屋がある」

その話を、最初に知ったのは、もうどのくらい前になるのか思い出すこともできません。
誰かから聞いたものだったか。
雑誌の記事で見かけたのだったか。

私は(例によって)長い間、そのお店を見つけることができませんでした。
三条寺町の界隈を通りかかった折に、「今日こそ見つかるかな」と曖昧な情報を辿って
通りの両脇の建物を見回しながら、何度も付近を歩いては、その度に諦めたものでした。

名前だけは知っていました。
『アスタルテ書房』

三条寺町界隈にあるということも知ってましたが、何度探しても
お店の看板すら、見つけることができず、いつしか私は半ば諦めたような気持に
なっていたのを思い出します。

窓のない密閉された一室の、壁はすべて天井までの本棚で埋められて
部屋の中、そこここに美意識に裏打ちされたものが配置され
静けさの満ちる店内に、息を潜めてお邪魔させていただく
そんな日は、突然に訪れたのでした。



「御幸町でジュエリーハイツというマンションを探すといいよ」
友人から聞いた言葉を頼りに歩くと、ジュエリーハイツはあっさりと見つけることができました。

マンション入り口の集合ポストにも、店の名前は記されていません。
「これじゃ、どんなに見渡しても見つかるわけないよね」と苦笑して
私は、幾度も前を通り過ぎたことのあるマンションの階段を
見ず知らずの人の暮らす場所に勝手に足を踏み入れる時の罪悪感で一段ずつ登りました。

二階に上がると一室の扉が、薄く開かれ、
薄暗い気配の中から暖色の明かりがこぼれているのが見えました。

ドアノブに手を伸ばす前に、ひとつ深く息を吐きます。
「澁澤龍彦が愛した店」
「美しいもの・退廃的なものを集めた秘密主義な店」
「古書や絵画、映画や思想など耽美的なものを扱う」
それまでに耳にした情報が、ふと脳裏を過ぎてゆくのを感じました。



上り口で靴を脱ぎ、置かれたスリッパを借りて、店内に入ると
しん、と冷たさが感じられたような気がしました。

誰かの古い書斎を訪れているような。
呼吸の音すらうるさく思える静謐さで、私は息を潜めて店内を見回して、少女の横顔に目が留まりました。

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米倉斉加年によって描かれた少女の横顔の銅版画。
嘆くような悲痛さの少女の横顔は、白と黒の画面の中に永遠のイメージとして焼き付けられていて
私はその絵に、それまでの緊張も忘れて、吸い込まれるように見入りました。

価格は12,000円程度だったと思います。
財布の中にあるお金で足りる、と思った瞬間に、迷いなど一切なく、私はこの絵を購うことを決めました。

その日は暗く冷たい雨の降る日で、冷静に考えると、絵を買うなら晴れた日に出直したほうが
持ち帰るに適していると思うのですが
私はその絵を、その日に、持ち帰らなければいけないと、強く思ったのを覚えています。
「今日を逃すと、二度とこの少女の横顔を、見ることができない気がする」
そうなると後悔に耐え切れないことがはっきりと分かるだけに
雨の降る中でも、この絵を買って、持って帰らなければいけないのだと思ったのだと思います。

雨よけを施してもらい、私は絵を自転車の前かごに入れて、いつもより注意深く
小雨の降る夕暮れの街中を走りました。
その日に訪れたお店のこと。
その場所での奇跡のような一枚の絵との出会いのこと。
きっと一生大切に、憧れ続けるだろう一枚の絵を、幸運にも手にすることができたこと。
そんな出来事が嬉しくて、「今日のこと」を忘れてしまいたくなくて、私は高揚する気持ちを抑えるため
当時、河原町三条北の教会脇にあったエリゼという喫茶店に寄ることにしました。

その日のことは、今でも、つい先日の出来事のように思い出すことができます。
雨の降る京都の街の匂い。
息を潜めた時の肌にしみる静けさ。
転倒しないよう絵を守りながら注意深く自転車を走らせた夕方。
エリゼで飲んだ紅茶の味。

あの時、私が何歳で、どんな暮らしをしていたか。
そんなことは全て曖昧でおぼろげなのに、あの日の記憶は瞼に浮かぶほどに鮮明です。
きっと人生のうち、こんな風に憶えている日が幾日かはあるのでしょう。
そういう日を記憶として積み重ねて、私は大人になるのかもしれません。

アスタルテ書房
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by pinngercyee | 2011-08-13 02:11 | 京都
東京に来てから知り合った京都出身の青年と話をしていた時のこと。
私が「京都の大学に行ってた」と言うと彼は、私に
「じゃあさ、イノダコーヒ知ってる?」と問いました。

「知ってる。よく本店に行ってたよ」と言うと、彼は
「じゃあさ、ボルセナ、知ってる?」と再度私に問いました。

「知らない」と答えると彼は幾分か落胆したような面持ちで
「イノダのスパゲティーなんだけど、頼むと銀の蓋付きのお皿で出てくるの。知らない?」と言います。

「イノダはお店もホテルみたいに上品で高級な雰囲気でしょう。お店の人も丁寧だし。
いつもよりおめかしして、家族でデパートに行った帰りに、イノダでボルセナを食べることが
本当に子供の頃の幸せな記憶の象徴みたいに思えていて。
クリームソースにマッシュルームが入っていて、今思うとカルボナーラみたいな感じなのだけど
子供の頃の僕にとっては、お出かけの日にイノダで食べる銀のお皿のボルセナは本当にずっと特別な食べ物だった」

その話を聞いて、京都という素敵な街で過ごした幸せな彼の少年時代が羨ましくなったと同時に
その「銀の蓋付きのお皿に盛られた特別なご馳走」に興味が惹かれ、私もその話を聞いて以降
ずいぶん長い間、『イノダの銀のお皿のボルセナ』に憧れを募らせました。



ようやくイノダを訪れて、私は迷わずボルセナを頼みました。
聞いた通り、ボルセナはミルクの香るまろやかなクリームソースのスパゲティーで
太い麺に柔らかくソースが絡む、甘美な一皿でした。
彼の記憶に違わず、銀のお皿に銀の蓋で、丁重に運ばれたそれは
京都に育った一人の少年の、幸せな記憶の象徴となるべき、ご馳走でした。

現在では、東京駅の傍らの大丸にイノダコーヒが店を出し
そこでもボルセナを頂くことができるようになりました。
ボルセナを私に教えてくれた青年とは今はもう会う機会もなく
私は東京駅のイノダに寄る毎に
「彼は、東京でもボルセナを頂けるようになったことを知ってるんだろうか」
と思うようになりました。

イノダコーヒ
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by pinngercyee | 2011-08-11 00:37 | 京都