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こんにちはー。犬尾です。皆さまご機嫌いかがですか♡

先日の大阪文学フリマにて頒布しました新刊
『犬尾春陽 窓辺作品集 一、身体』 
『犬尾春陽 窓辺作品集 二、死』
『犬尾春陽 窓辺作品集 三、幻』を
中野ブロードウェイ三階奥、タコシェに納品してきましたので、お知らせいたします!

東京では、こちらにて初売りとなります。A5、各500円(税別)です。

こちらにて、紹介した通り、これらは二年在籍させて頂いたWEB文芸誌窓辺掲載の作品を
卒業(WEB上ではデータ削除)に伴い、冊子化したものとなります。
書き下ろしなどはありませんが、きっと長く読み返して頂ける一冊になると思います。

窓辺掲載時に読んで頂いている方も、読み逃してしまった方も
気に入った作品がある方も、手元に置いておきたい方も、ちょっと興味がある方も
眠る前に読む本や、移動中に気安く読める本をお探しの方も
ちょうどいいと思いますので、在庫のある今のうちにぜひどうぞ(●^o^●)

一冊500円で、どれも短編集なので、気軽に読めるかと思います。
テーマごとに短編を纏めた冊子になってますので、気になった一冊だけを買うのもありです♡
そして気に入ったら他のもよろしくです♡

以前からお願いしている既刊四種『月夜』『領域』『ワルツ』『乙女椿の咲く季節』も
残部僅少ながらタコシェには、まだ在庫がある状態ですので
こちらも併せて今のうち!宜しくお願いします★

【タコシェ来店時のご注意】
犬尾春陽冊子は、タコシェ店内の、入って左側の壁沿い、創作文芸の棚に
置いて頂いているのですが
今回、取扱頂いている冊子が増えた関係で(スペース上の理由により)
棚には見本誌のみ置いてある状況です。

本棚に見本誌しかないので「なんだ、在庫ないじゃんー!」と諦めてしまわず
勇気を出してカウンター奥のお店の人に「これ、在庫ありますか?」って
聞いてみてください。多分あるので。
せっかく中野のタコシェまで行ったのなら、そのくらいの勇気は出してみても損はしませんよ♡

【通販について】
今回納品した新刊も含め、タコシェにて、通販対応も可能です。
タコシェ宛てにメールをして頂けると、オンラインショップ掲載のものと同条件にて
購入頂けますので、なかなか行く機会のない方は、ぜひこちら、ご利用くださいまし!
タコシェオンラインショップ

【花森ゆきめちゃんの冊子もあります inタコシェ】
今回、一緒に大阪文学フリマへ行脚した花森ゆきめちゃんの冊子も
タコシェでの取扱が開始しました!

http://sanguria.exblog.jp/16685808/
これは、前回、2012年秋の東京での文学フリマで、委託で預かった際に書いた紹介なのですが
こちらの『Lull』と、今回の大阪の新刊『Amulet』、(各A6、500円)も併せて購入可能です。
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夢みたいな怒涛の数日間、ゆきめちゃんとの大阪行脚、第16回文学フリマ大阪が終了しました。

既刊『領域』『月夜』『ワルツ』『乙女椿の咲く季節』に加え
新刊『窓辺作品集』を三冊携えて、旅の準備もどさくさのまま夜行バスで訪れた大阪は
作家としての私としても、個人としての私としても、とても暖かく迎えてもらえた感があり
慌ただしかったにも関わらず、一瞬たりとも無駄な時間のない素晴らしい旅であったことを
まず感謝させてください。
本当に素晴らしい時間でした。
同行してくれた花森ゆきめちゃんに、まず最大限の感謝を。
そして、私の唆しで参加を決めた菜種はむらちゃんにも、心からのお疲れさまを。
本当に有難う。お疲れさま!

そして、遊びに来てくださった方、足を止めて下さった方、言葉を交わすことのできた方、
全く未知である拙作に興味を示してくださった方、
あの素晴らしい空間の中で同席した、好奇心に満ちた全ての人たちに感謝を。

そして、あの開催を実現させ、運営して下さった方たちに。

本当に、有難うございました。
素晴らしい時間を経験することが出来たことが本当に嬉しいです。
お会いしたかった方、ご挨拶したかった方に多くお会いできたことも本当に嬉しかったです。

あの場所で、全く未知数である私の冊子を手に取ってくれた方たちに
「手に取って良かった」と思って貰えることを
作品を楽しんで貰えることを、感謝を込めつつ、心から祈りたいと思います。

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by pinngercyee | 2013-04-16 15:39 | 日々
さて、行ってきました大阪ー!!(いえーい)

文学フリマの感謝とご挨拶は書いたので
その裏で、私個人の大阪行脚日記をご報告させて頂きます!!楽しかったー!!

出かける前に、「これからの数日間は、オールナイトのダンスパーティーに行くみたいな気持ち」と
言ってた気持ちは、本当に本当でした。本当にそんな一瞬残らず最高な時間でした。
疲れてるけど、眠ってる暇なんて無い!!みたいな。



そもそも大阪行脚計画時、ゆきめちゃんと「ホテルとか新幹線とかどうしよっかー」と言ってる時に
私がすっごい小声で
「あのね、実はね、……文学フリマ前夜にリフリッチのワンマンがあって……」
と言い出した時、ゆきめちゃんが
「えっ、そうなの? いいよ!行きなよ! 高速バスってものがあるよ★」
と言ってくれたところから、今回の旅の輪郭が決まったような気がしました。

犬「え、ええ、まじで、まじでライブ行っていいの?」
ゆ「え、いいよ? 高速バスにしたら行けるじゃん」
犬「だって、文学フリマ朝からだし、大阪だし、私、前乗りするもんだと思ってたし、
  『今回行きたいけど、仕方ないよね、諦めよう』って思ってたよ?」
ゆ「女の子は、やりたいこと我慢しちゃあダメなんだよ?」

(空白)

犬「……じゃ、じゃあ!!行ってくる!! 超ありがとう、まじでありがとう(@_@;)」
ゆ「行っておいでー(^v^)」

という訳で、私は旅の荷物(含文学フリマ準備)をカートに詰め
新宿駅のロッカーに入れたところから、今回の旅は始まりました。

(我儘言って行かせてもらったリフリッチライブは
やっぱり言葉を失い記憶が途切れるくらい素晴らしかったのですが
それは詳しく別途後述させてもらおうと思っています。)

目黒で、我を忘れて素晴らしいライブを見て、アンコールまで全てが済んで客電が付いて
はっと我に返って、「え、今って何時?」と思って時計を見ると21時過ぎ。
ゆきめちゃんと待ち合わせたのは22時だったので、思ったよりも余裕があったことに安堵しつつ
物販席に向かう人の流れに飲まれてしまう前に、荷物をつかんで会場を出ました。

新宿駅でお化粧を落とし、服を着替えて、ゆきめちゃんと合流し、無事にバスにも乗れて
大阪へバスは走り出したのでした。
消灯された後の、人々の眠る気配のバスの深夜の暗闇の中で
さっき見た嘘みたいに美しい情景の断片が
浮かんでは消えて、浮かんでは消えて、と幻燈のようにちらついていたのを憶えています。



大阪着。近鉄なんば駅前。
行こうと思ってた早朝営業の銭湯清水湯が日曜定休で閉まっていて二人揃って脱力して
漫画喫茶でシャワーを浴びてお化粧と準備をして、いざ中百舌鳥。御堂筋線で一本。



文学フリマは、始まった途端から、ずっと人が多くて慌ただしくて忙しくて
正直、あっという間に終わってしまった感じがありました。
大阪に引っ越した3122ちゃん(早稲田二文同級で、私をイエローモンキー好きというところで早大V研に引っ張り込んでくれた人です。彼女のおかげで素敵な友人が沢山出来た恩人。でも二人ともV系的なバンギャルではないというのが共通項という不思議な縁)が、美味しいパンを差し入れに遊びに来てくれました。会うの超久しぶり。ツイッターとかで会話してるから遠い気がしないけど、久しぶりに顔を見れて、めちゃくちゃ嬉しかったです。ありがとう3122ちゃん!!
ツイッターで仲良くして頂いてる大阪在住のコピーライターのまつさんも遊びに来てくださいました。まつさんは素敵な大人の人でした。お会いできて超嬉しかったです。ありがとうございました!!今度ゆっくりお話しする機会を持ちましょう!!
今回の文学フリマ前夜に、なんばで鯨ナイトと題した前夜祭をしていたという(前回隣ブースだった)牟礼鯨さんにお会いしたのも、前回ぶり。お元気そうで何よりでした。次回面白い試みをするときは絶対参加させてもらいたいです。
TNBGというサークルで私に原稿依頼をしてくださった高村暦さんが、私の書いた短文の掲載された冊子「時には数の話をしよう」を持って、ブースを訪れてくれたのも嬉しかったです。可愛いお嬢さんでした。もっと沢山お話ししたかった!!またぜひ!!
あと、ちゃんとご挨拶できて嬉しかったのが、渋澤怜さん。前々回隣ブースで、撤収の折り、私の持参したガムテープが強烈に机に張り付いてしまい、今村さんともども剥がすのを手伝ってくださった恩人でありながら、ちゃんとお礼も言えないままでいたので、ちゃんとご挨拶してお礼が言えたことが本当に嬉しかったです。その節はお世話になりました!有難うございました!また今度ゆっくりお話したいです!!
ブースを訪れてくれた人たちのほか、出会えた全ての人について書きたいのですが、どれだけ長くなってしまうのか分からないので、泣く泣く端折らせて頂きます。
今回、壇上の見本誌コーナーが、一番盛況な場所だったと思うのですが、そこで見本誌を見て
本を求めて下さった方が多かったことも嬉しかったです。みなさまありがとうございましたー!

お昼過ぎ、ゆきめちゃんの友人であるものすごい存在感のあるロリータ美少女篤里ちゃんが到着。
彼女の存在感に圧倒されつつ、
「この場所で、いい出会いをするためにはどうしたら良いか?」という彼女の問いに
「本自体よりも、売ってる人の顔を見て、ピンときたら攻めな」と返答すると
数時間後に彼女は「ちょー面白い人たちと知り合えた!!!」と興奮しつつ戻ってきました。
その『ちょー面白い人たち』が、渋澤さん牟礼鯨さん一行であったことを知り仰け反るのはさらに数時間後。
彼女の人を見る目の鋭さに言葉を失う思いがしました。すごい。。。

閉会の時間が来て、ブース撤収にいつものごとく手間取り、半泣きで荷物を纏めているうちに
会場から荷物を宅急便に出すための伝票が品切れという情報が入り途方に暮れていると
片づけを手伝ってくれていた(十年近く前より世話になっている)西岡兄妹長兄氏が
「僕、車で来てるから、持って帰って、送っておいてあげようか?」と神様のような一言を。
お世話になりっぱなしで、恐縮しまくりつつ、宜しくお願い致しました。本当に有難うございます!!
例によって、同席の方々に迷惑かけまくりお世話になりまくりでした。
本当に助けて下さった方々、有難うございました!!すいませんでした。。。(;;)

まったりした後夜祭を経て、篤里ちゃん、はむらちゃんと同行し、ホテルに荷物を置くべく梅田へ。
今回も、宿は例によって、いぬちゃん定宿のホテル関西(梅田から徒歩10分)でした。
今回は平日割引で、シングル一泊朝食付き2800円でした。この安さ本当にどういうこと。。。

荷物を置いた後、「やきそばがファンタスティック美味しいから『美舟』に行こう」と言う私に
「やきそばはやきそばでしょ?」「いや話盛ってるでしょ」と半信半疑な三人を伴い美舟へ。
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結果として、「美舟の焼きそばはファンタスティック美味しい」ということを全員に納得してもらえ
私のミッションは完了したような気持ちがしました。
画像は篤里ちゃんのツイートより頂きました。ありがとう。
ファンタスティックに美味いよね。美舟やきそば。

「これから夜行バスに乗り、明日の朝仕事に行く」というはむらちゃんを
(「まじか」「すごい」「えらい」と言いつつ)大阪駅に見送り、色んな話をしました。
篤里ちゃんは、頭が良くて明快で素敵な子でした。出会えてよかったと思います。
素敵な出会いをありがとう、ゆきめちゃん。。。
篤里ちゃんに、「今日会ってみて、私の印象ってどんな?」と訊いた時に彼女が答えた
「いぬ姉は、真っ白な感じ。伸びが良くて不透明で、多少の陰りは塗りつぶせる強いポスターカラーみたいな白。」
と言う言葉が、目から鱗が落ちるみたいに、とても嬉しかったので、きっとずっと憶えていると思いました。

ホテルに戻って、失神して、この日は終わり。



朝。せっかく付いていた朝食は食べのがしました。
ゆきめちゃんと10時に待ち合わせてチェックアウトし、私の友人Fと会うべく梅田駅へ。
昨年結婚したF(ハロウィン神戸行脚でお世話になったFです)はお腹が大きくて
10年前、ただの女の子だった頃からお互いを知っている友人が、素敵な旦那さんと結婚して
これから子供を産んで、力強く家庭を築いて守っていくということが
胸が苦しくなるくらい、言葉にならないくらい嬉しくて
私はこの日に会ったFがお腹を触らせてくれた時、少し泣いてしまいました。

朝食を兼ねた昼食は、梅田のCOLORSというカフェで。
ここ、すごいのです。
ハンバーグやパスタのランチの一種類を頼むと、飲み物とサラダと自家製パンが食べ放題なの。
席の一つ一つも広く取ってあって楽で居心地も良いし、凄いと思います。おすすめ。

次の目的地は、ゆきめちゃんの行きたいという『乙女屋』と、よく名前を聞く『アラビク』です。
両方とも、梅田から歩いて行ける地域にありました。

乙女屋さんでは可愛い砂糖ストック用の缶を見付けて購入。
地図を見ながら見つけたアラビクの玄関を潜ると、右手に昨日会った牟礼鯨さんが座っていました。

鯨さんに「この後、夕方位に新幹線で東京帰るんですけど、ご一緒しませんか?」と言うと
同行仲間に入ってくれました。よく分からない磁場がある気がしました。超面白い。
(このことを、新幹線に乗った後、鯨さんは『捕鯨』と定義していました)

アラビク、素敵なお店でした。ちょっと写真撮らせてもらったので、貼っておきます。
(写真禁止は作品が写らなければOKとのことでした。訊いてみて良かったです)

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店内奥には人形や造形作家の作品が展示され、手前のスペースで古書販売と喫茶が出来るお店で
店内にそこはかとなく、京都アスタルテ書房に通じる密やかな淫靡さが漂っていたことを憶えています。
古書では、日影丈吉『夕潮』500円と、泡坂妻夫『乱れからくり』150円を購入。
素敵なお店でした。大阪を訪れたら、立ち寄るのを楽しみにしたいと思います。



大阪駅に戻り、ロッカーから荷物を取って、お土産を買い、Fに見送られつつ新幹線へ。
三人席で、鯨さんを真ん中に、楽しく東京へ戻ってきました。

夢中で、最初から最後まで、奇想天外な楽しい旅でした。
出会った人、一人残らずに感謝したい気持ちです。有難うございました!!
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by pinngercyee | 2013-04-16 13:00 | 大阪
目眩めく怒涛の大阪行脚の直前に、私は、言葉にならないくらい、美しいものを、見たのです。
多くの人に会ったりだとか、旅行の緊張や、睡眠不足や、興奮や、そんな色んな記憶の強烈な上塗りを経て
言葉に置き換えられないまま、途切れ途切れになってしまいつつも、その記憶について
私は、文章を書かなくてはいけないと、強く感じています。

あの日、私が見たもの。
言葉にならないくらい。無意識に目を奪われてしまうくらい。
そして暗闇の中に舞い踊る断片が、一晩中、私の瞼の裏を去らないくらい。
私が見たものを、文章に、形に、記憶に、そして誰かに伝えられる状態に、してしまわなくちゃいけないと
じゃないと、私、何のために、文章を書くことを志したのか分からないって思うほど。
そして、私自身、きっと十年、二十年の時間を経た後に、必ず思い出すだろう記憶である半面で
その時、その場にいた自分に嫉妬を覚え、その場にいた自分に誇りを感じるだろう一夜でした。

シンプルな意味での『美しいもの』は、率直に言って、そのあたりに転がっています。
見つけることも、共感を得ることも、難しいことではありません。
しかし、目を見張るほどの、尋常じゃない『美しいもの』を見た時にこそ
人はそれを他者に伝えなければいけないという、使命感に駆られるのだと思います。
誰も見たことのないもの。誰も実感したことのない、信じられないほどの絶対的な美しいもの。
それを、人に伝えることができる形に、それを描くことができる武器を私が持っているとするなら
それを、間違いのない、見た通りの美しさを損なわないように、記憶してしまえる道具を使えるなら
他者が、どれほどの不信を抱いていたとしても、私はそれを「正しく伝える」努力を惜しむつもりはありません。

実際の何分の一になってしまっていたとしても
「素晴らしいものが存在した」ということを実感を込めて人に伝わる証にできるということは
私自身が、「素晴らしいものを見ることができた」という経験に対しての
感謝を示す唯一の、最も誠実な手段であるように思うのです。




前置きが長くなりました。
先述の大阪行脚日記に記載した通り、あの日、私は高速バスの発車を一時間半後に控えた時間まで
目黒でLIPHLICHのライブを見ていたのです。

これが、通常の、例えば他のバンドとのイベントライブであったとしたならば
私は恐らく、自分にとっての大きすぎる課題『大阪文学フリマ』を優先して、目を瞑っていたと思います。
しかし、この日。
最初は「大阪での文学フリマ前夜だから仕方ない」と理性によって諦めようと線引いていたこのライブを
どうしても見ておきたい気持ちが、日が迫るほどに強くなってきて
私は、同行のゆきめちゃんに小声で相談を持ちかけることになったのでした。

「【LIPHLICH 5th ONE MAN LIVE】
2013年4月13日(土) 目黒鹿鳴館
marder suitcase presents
CONCEPTUAL ONE MAN 『時計仕掛けの晩餐.第2夜』
目黒鹿鳴館をオールドムービーシアターに…。
特設されたスクリーンに映写機の光で作り上げられるステージ。
パブリックドメインとなった映画やアニメーション等々をバックに奏でられる楽
曲達が時にコミカルに、時にシリアスに、時にホラーに、時に美しく彩られます。」

そう題された告知は、もう数ヶ月前からなされていたものでした。
前回の仮面必須ライブに続く、Conceptual one man第2夜は、映画をテーマにしたものであること。
そうとは知っていたものの、実際に何がどうなって、映画をテーマにライブをするというのか
全く想像が付いていないというのが、実際のところでした。
きっと、私以外の来場者も、あの試みを正しく予測できていた人はいないのではないかと思います。
大阪文学フリマの日が迫り、私は自身の作家としての新刊の入稿やチラシの作製に追われている中で
「映画をテーマにしたこの日限りの」という煽り文句が額のあたりで渦を巻くのを感じていたのでした。



諦めるつもりでいたので、前売りのチケットは買っていませんでした。
並んだ数百人の入場列の最後尾に並び、当日券を買って
後ろのほうでいいから、ステージ上が全て見渡せる場所を見つけて、せめて展開を見届けようと思い
新宿駅のロッカーに荷物を詰めて、身軽になった私は目黒へ向かいました。
小さな鞄には、財布と煙草と携帯と、あと、いつもは持ち歩かない眼鏡を入れていました。



第1幕 マッド・シネマ・パラダイス

開演予定時刻を15分過ぎて、静かに古いシャンソンが流れ、客席のざわめきが波のようにたゆたう中で
突如、会場を薄明るく照らしていた照明が落ちた不意の瞬間を、息が止まる思いで迎えました。
幕が下ろされたままのステージに、それまで映し出されていたこの日の日付と掲題が失われ
まるで本当の映画の上映が始まるように、アナウンスを伴った黒い背景に
白い歯を覗かせた赤い唇の映像が映し出されます。

幕は、以前閉じられたまま。

その奥では、楽器を持つ気配と、それを示す楽曲の導入部が宣誓されるように
演奏を始めるのが感じられました。

一曲目は『リフリッチがやってくる』

乾いた白黒の色調で映し出されている映像は、クラシック映画と呼ばれる年代の映画のものでした。
石造りの上空の空いたコロセウムに、馬車が次々と入場して行きます。
「もしかして、第一部って、このまま幕を開けずに投影映像だけを見せてやるつもりか?」と
会場全体に薄い不安が立ち込めた直後のタイミングで、幕は高らかに開かれました。

「サーカスがやってくる」
言葉裏腹に、ようやく壇上に示された彼らの存在は、サーカスの言葉が帯びる華やかさの対極のような
徹底したシックさを帯びて、投影の画像を受けとめながら、微動だにせず演奏を続けていました。
白黒映画の投影の下、彼らの身に纏う服も、全員が細身の黒いスーツで、髪型や化粧に至るまで
余計な装飾のない、それどころか、表情や動作すら禁じられたように慎み封じる彼らの姿は
まるで、映画がかつて音を帯びていなかった頃、活動弁士を率いて上映していた当時、
映像の傍らに控えて演奏を続けていた伴奏楽団員の人たちのように見えました。

『僕らの使い捨て音楽』
続いて演奏されたものは、まさかの激しさを帯びたシニカルな選曲で、思わず自分の耳を疑いました。
「星屑の木箱 中身は何でしょう? 価値も分からない奴が値札付ける」
「逆らう者には花束をあげよう、従う者には紙とペンをあげよう」
軽快に波打つ音楽を映画の画面を背景に浴びながら、やはり微動だにしない楽器の三人に遠慮をするように
しかしじわりと音楽に飲まれるように、波打つ音楽の力を体内で転がすように
観客たちが音楽に従い始めるのが感じられました。

『映画』に焦点を当てたこの催しの中で、私はこの曲を聴くことができたことが嬉しく思われていました。
以前、久我さんに質問した折に否定されたことなので、違うとのことだったのですが
やはり、私はこの歌の「逆らう者には花束をあげよう」の一節が、映画の中のイタリアンマフィアの儀礼
(敵に花束を贈り、友好を示しながら笑顔で暗殺するというもの)をどうしても思い出させてしまう
特に映画的な印象のある一曲だからなのです。
そして、この曲の激しさに目を奪われ、それを従えるように壇上で動く久我さんの姿に目を奪われ
この曲の間、投影されていた映像の内容を、どうしても思い出すことができないでいることに気付きました。

今回のこの試みで、何が特筆すべき事柄なのかと言うと
ただ古い映画を投影しながら演奏を行うというだけでなく、楽曲の収束する瞬間に合わせ
映像が収束するよう、完全にタイミングが揃えられているという点が目覚ましいと感じました。
演奏の収束と同時に切り替わり、曲間に投影される画面は
『MOVING TO THE NEW LOCATION』と表示されていました。

リッチー・リッチマンの『映画って本当に素晴らしいですね』
壇上に映し出されたのは、白髪できちんとスーツを着た老齢の紳士でした。
しかし彼は風体に不似合いな、小さな戸棚の隙間に横たわって頬杖をつく体勢をとりながら
優雅な口調で、呆気にとられている観衆へ緩やかに話しかけます。
淀川長治の口調に重ねられているだろうその司会者ぶりに
観客は暗闇の中、ただリッチマン氏の姿を黙って見守るばかりでした。

女性に関する二本の作品、とリッチマン氏の案内に従って演奏されたのは
『メリーが嫌う午後の鐘』
『月を食べたらおやすみよ』の二曲。
メリーに関しては、曲から受けた私的な印象では、もっと幼い少女をイメージしていたのが
投影で映し出されたのは、馬車に乗るドレス姿の美しい女性の姿でした。
風と共に去りぬのスカーレットオハラを演じたビビアンリーを思わせる美しい女性に
楽曲内で、午後の鐘に怯えるメリーの少女のような恐れは、大人になっても胸の中に息づくものなのかもしれないということを、私は映像を見ながら思った憶えがあります。
月を食べたらおやすみよ、は『ミズルミナス』と対になる男性視点でルミナス嬢を見守る歌ですが
この歌が演奏される上に投影されたのは、ルミナス嬢と対極に思える修道女のような清らかな女性でした。
モノトーンの映像の中、白い透けるような頬をして静かに遠くを見る女性は
清らかさを信じながらルミナス嬢へ向けられた男性の視野であるのかもしれないと感じて
大変面白かったです。

それにしても、壇上で楽器を支えるメンバーたちの動かないこと。
飾り気なく整えられた髪型と服装で、笑いもせず表情すら動かさず演奏を続ける彼らの姿は、彼らが本来
とても端正な作りの青年たちであることを、映像の光と影の合間に浮かび上げていたように思います。

リッチー・リッチマンの『女性の想いって本当に色々ありますね』
メリーとルミナス嬢、抱いていたイメージを映像により裏切られたのではなく
彼女たちの中に在る見えなかった側面を照らし出されたという一幕を経て演奏が終わり
緊張の糸が緩むのを感じると、壇上には、再び先ほどのリッチマン氏が登場していました。
観客を煙に巻くかのような氏の語り口調の中で、次の曲として示されたのは『Pink Parade Picture』でした。

『Pink Parade Picture』
急激な転落を思わせる導入部に始まるLIPHLICHの楽曲の中でもコケティッシュな印象の強いこの曲の
上から投影されたのは、セルで書かれた白黒の古いアニメーション作品でした。
あまりにポップでメジャリティな存在(ベティブープ)に、思わず(版権とか大丈夫なのか)と
内心狼狽えてしまいました。
画面に映るのは、歌詞に倣った通りの行列。
見覚えのあるキャラクターが動きだけで観客を見せる力のある往年のアニメーションの技術を思いました。

基本的に投影以外の照明のない暗さの中で立ち尽くし演奏する楽器たちと
その手前で一人、軽やかに映像の光の中で歌い、ゆらゆらと動きながら全体を統べる久我さんの印象が残ります。
あ、あと、すごいなと思ったのが、メンバー誰一人として今、何が後ろに投影されているのか、一回も確認しなかったこと。
曲の間の転換時間や、曲の収束に映像がぴたりと合っていることすらも、一度も振り返って確かめなかったこと。
あれだけ凝った芸当を数百人の観客の前で堂々とやりながら、一度も壇上で不安な態度を見せなかったのが個人的に、すごいなーと思いました。
エンターテイナーというか、プロフェッショナルというか、覚悟というか。

リッチー・リッチマンの『何度でも味わいたいならまたおいで』
場面転換の数秒間をはさみ、リッチマン氏の「最後の登場」となりました。
リッチマン氏の「人生を変えた忘れられない一本です」と示されたのは『淫火』。
LIPHLICH曲の中でも、映画的映像色の強い一曲が選ばれたことに納得を感じつつ
この曲の抱く烈しさを、微動だにせぬ壇上でどのように示して見せるのかということが楽しみに思われました。

何ていうんでしょう、これだけ映像の引用があれば、私も古い映画を見ていないほうではないので
一つくらい、引用元を特定できるんじゃないかなと思っていたのですが
情けないことに一つもできなかったので確かなことは何も言えないのですが。
『淫火』に被せられて投影された映像を見ていて、『肉体の門』だとか『ソドムの市』だとか
そんな言葉が思い出される思いがしたことを覚えています。多分というか違うんだけど。
あ、あとあれも思い出しました。フリッツラングの『メトロポリス』の地下に暮らす労働者の群衆が
崩壊を恐れて逃げ惑う群舞のシーン。
そんな映像を背景に、前面でゆらゆらと動く久我さんの存在感が美しいこと。
マイクをコードで持ち上げて果物に模したかと思うと、横に持ち笛のように模したりという動作が
映像の光の隙間隙間に現れてくるのが、やはり前回も書いたとおり
落語家の用いる憑依的な体現をする優れた役者であるように感じられたことを、憶えています。

【第2幕へ続く】
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by pinngercyee | 2013-04-16 12:00 | 音楽
【第1幕の記事はこちら】

第2幕 時計仕掛けの晩餐

15分の休憩を挟み、再び壇上に現れた彼らは、先ほどまでの静けさを帯びた表情を払拭し
MANIC PIXIEの発売に伴う衣装で、華やかさと激しさを帯びて存在していました。
客席の暗転に背中を押されるように、彼らの登壇を待ちわびた客席が先ほどまでの抑圧をはじき返すように
いつも以上の熱を以って、彼らの登壇を迎えたように思います。

続けざまに演奏されたのは
『フェデリコ9』『夢見る星屑』『嫌いじゃないが好きではない』『It’s good day to anger』。
先ほどまでの静けさと対して、壇上の彼らの動くこと動くこと。
格好つける余地も必要すらもないと言うかのように、全くの衒いのない無邪気な熱を
素直に音楽に叩きつけるように演じられた曲の数々の輝くこと輝くこと。
そしてそれを飲み干すように、自ら全身で滝を浴びに行くように受ける客席全体をうずめるように覆う熱。
音楽に埋もれる空間として、とても、言葉にならないくらいの
結晶めいた素晴らしさがあったように思いました。

冷静さを保って見守ろうと思っていたはずなのに、理性などどこかへ掻き消されてしまうほど。
理性や冷静さなんて、この熱の中、このあまりに輝きに満ちた空間の中
全身を包む音楽と喜びの渦の中では、か細い紐でしかなく
常に手繰り寄せておかないと意識すらも、消し飛んでしまいそうな気がして
私は必死に神経を、耳と視覚に集中させるべく、自分を律しようとしました。
曲の合間合間で、観客の中で共有される振付があるのですが、それに従う余地もありません。
周囲に従い手や足を動かすことに意識を使うことよりも、私はこの場所に満ちた、今しか見ることの
できないものを、必死に見届けようとしていたように思います。
見ては、いたんです。必死に。沢山のことを感じたようにも思います。
その時に見た瞬間的な記憶としての、後になって断片として不意に浮かび上がってくる美しいイメージ。
それは、曲の側面を帯びた情景だったり、逸脱した存在感を示すギターのフレーズだったり
笑いあうメンバーたちの姿だったり、曲に溺れるようにする客席全体の熱だったり。
そしてそれら音楽と、空間全体を一体とする密度と、疾走感。
『フェデリコ9』で客席全体が右手を掲げ、飛び上がる瞬間の連なり。
強烈なうねりを伴う波に全身を飲まれる直前の記憶。
時にギラギラと強く光る艶のあるメロディラインと、
スポットライトの当たるような瞬間に胸を張って全てを担う新井さんのギターソロや
小気味良さを纏い、軽快に音楽を従える久我さんの歌の存在感。
扱いにくそうな太い太いフレットのベースを動物をあやす様に操る渉さんの安定した万能感。
一歩下がった場所で、全ての秩序を絶対性を帯びた説得力で線引き続ける丸山さんのドラム。
それら一つ一つをとっても、視線を釘付けにするのに十分な存在で在り続けながらも
それら全てが互いに作用し続けて、空間は一体となっているということ。
『夢見る星屑』の冒頭部、「馴染めません、この姿、きらきらしてて素敵でしょう」の節を歌いながら
スパンコールの縫いつけられキラキラと輝くジャケットをつまんで見せる、その久我さんの動作一つの説得力。
前回見たライブの折で「流星を模した」と例えた同曲の、低い場所で燻り揺れていたものが高みに登り
一つの光の筋を強く儚く描きながら疾走する様を見ているようなギターソロの存在感と言ったら。
『嫌いじゃないが好きではない』。
この曲のタイトルのシニカルさと相反する渾身の愛嬌を、私は強く愛していると思いました。
引っかけ問題のように素直に曲に従って飛び上がる客席と
突如差し挟まれる空白の悪ふざけにも似た愛に満ちた意地悪と。
そしてそれを、会場の空間全体として愛おしさに満ちている視線の共感と。
愛と信頼に満ちていると言わずして、私はこの空間でのこの曲でのひと時の時間を
何ていい表わせばいいのか、分かりません。
「チクタク」という囁きと、密やかな秒針を模した久我さんの指先に導かれる
『It’s a good day to anger』
正直、見ていることに必死で、記憶もあやふやになりつつありながら
息を止める緊張感で怒涛に飲まれていく全てを見守っていたように思います。
「目障りな五感を捨てたら」ふっと耳の中に残ったこのフレーズの色濃い存在感に
何かの示唆を受けたような気持ちになって立ち竦んだ記憶があります。

怒涛のような激しさを帯びた数曲の後、一転静かな曲調の『雨模様』が始まると
先ほどまでの空間を支配した狂乱にも似た熱は、静かに降り続く雨音に掻き消されてしまったようでした。
雨の日の情景を強く宿したこの曲の輪郭を、私は長いこと掴むことができなくて
以前書いた曲紹介でも敢えて抜かしてしまった曲だったのですが
この日、雨の日の湿度と重さを伴う音で、この曲が演奏されているのを聞き
初めて曲としての輪郭を認知することができたように思いました。

照明が落とされ、真っ暗になった壇上で、真っ白な光のスポットが床に落とされました。
その下で、伴奏のないアカペラで歌われる『ミズルミナス』のメインフレーズ。
熱と激しさと情報過多の渦の中にいた先ほどまでと対比される
シンプルさで壇上中央に示されたルミナス嬢の嘆きは、この日、一番美しい瞬間の一つであったと思います。
(この日、ライブ後に乗った高速バスの消灯後の暗闇の中で、幾度も浮かんできた断片の中
 一番印象が強かったのはこの情景でした。)
普段なら、例えばこれが別のライブを見に来ていたとしたら。
ああ、アカペラね、と軽く聞き流してしまっていたかもしれない場面でのこの説得力。
息を飲んで見守るしか、そして瞬きをするのも、他のことに意識を飛ばすことすらも
罪悪感を伴って勿体ないと思われる、幻のような寸時の間。
暗闇の中で白い光に浮かび上がらせられたのは、ルミナス嬢の存在と、その声そのものだったこと。
言葉や歌詞を超えた場所で、勁く滑らかに遠くへ伸びるその声の質感が
それまで意識したことのない声としての、楽器としての、素材としての美しさを湛えていることを
私はぽかんと口を開けて見守る他ありませんでした。
何かに似てる、と、目の前で消えてしまう前に、この声を記憶してしまいたいという一心で
私はルミナス嬢を見守りながら、暗闇の中に伸びてゆく久我さんの声を
何かに紐付けてしまいたい衝動に駆られていました。
――例えば、そう、真珠色。真珠の少し憂いのある白さ、あの表面のなめらかさと宿った光。
そのイメージは久我さんの声自体へ向けられた印象なのか
あの場所で存在したルミナス嬢の嘆きに対しての印象なのか
いまだに、着地することができていない部分でもあります。
あと、普段、男性の声を『綺麗』と感じることって、そんなにないのですが
この時の久我さんの声は神がかって『綺麗』でした。

伴奏が加わり、LIPHLICH曲の中でも、ジャズ色の強い軽快さの中に、自分を気高く誇りながら
叶わない恋に嘆く美女ルミナス嬢の心情を描いた『Ms. Luminous』の曲の全景が露わになります。
正直に言って、私、この曲はLIPHICH曲の中でも、とりわけ好き、というほどの印象は
ライブを見るまでなかったのです。
普段聴いていて、もっと印象の強い曲がいくつもある中で、この曲を演奏するところを見る度に
端正に情景を描き切る完成された音像が、そしてそれに含まれ、振りまかれる気配や音の一つ一つが
心の準備なく聴いていた観客の一人を有無を言わさず釘付けにする力を持っていたことに
毎度、驚かされるのです。
聴いているだけで、楽しくて楽しくて、体の中で持て余された力が、音楽の揺れに添って
左右に体内を転がり続けている、とでも言ったら伝わるでしょうか。
グルーヴだとか、そんな真ったいらの音楽用語めいた言葉は使いたくありません。
楽しくて勝手に体が揺れてしまって初めて気付く、自分の体内に持て余された力を転がして玩ぶ楽しみ。
この曲に関しては、(こんなことを言うのは、上から目線で本当に憚られるのですが敢えて言うと)
曲、音楽としての、完成度合いがめちゃくちゃ高いのではないかと思います。傑作という意味で。
そして、それを、私は、ライブで目の当たりにしなくては、気付くことができなかったのですけれども。
ライブに足を運ぶ度に、この曲を聴くことが、一つの楽しみになっていることも、強く感じます。

ルミナス嬢の嘆きが軽快な音楽に埋もれて消えてしまったかと思うと
壇上右手に立つギターの新井さん(タッキー)が「どうもー」と人懐こい笑顔で観客に呼びかける時間が訪れました。
それまで息を飲んで壇上を見上げていた会場内の空気が緩むのを感じます。
私は去年新井さんが加入した後のLIPHLICHしか見ていないので、何とも言えないのですが
彼が入ったことで、彼らの帯びる空気は無邪気に明るく強く朗らかになったんではないかなあと
見ていて感じます。
先ほどまで、激しくベースを弾き続けていたはずの渉さんは、演奏を止めた途端に、いつもの平静などこを見ているのか何を考えているのか分からない(彼は梟が好きだというのですが、私は渉さん自身が梟に似ているように思えて仕方がありません)姿を取り戻し、新井さんの問いかけに「ああ」とか「うん」とか「まあね」とか、言葉少なに答えているのが面白かったです。
談笑する二人(主に新井さん)の背後で、先ほどまで中央に立っていた久我さんは、水を飲んで座り込んでいる様子でした。
前半は黙って二人の掛け合いを見ていた久我さんが、珍しく腰を浮かし
「ちょっといい?」と言うように前方に入ってきます。
演奏中の緊張感とはうって変わって、全く気負いのない表情で
「今日の映画の企画の準備、本当に大変だったんですよ。あのリッチーリッチマンの声は僕なんですよ」と告白。
一瞬、会場内が固まったように思いました。
「会得するのに3時間くらいかかって」
そんなこと言われたら、聴きたいし見たいし「聞きたーい!」と考える前に叫んでしまいました。
会場内そこここから上がる「聞きたーい」「やってー」の声に、久我さんは楽しさを抑えきれない様子で壇上をぐるぐる歩きながら
「えー。『……私、リッチー・リッチマンがお送りいたします』」
とまさかのエフェクトなしの地声が響きます。思わずマイクを抱える久我さんを二度見してしまいました。
(まじか。というか、あれだけ作りこんだ演出の内幕を、やった当日のうちにばらしていいのか?!)
私の内心の動揺に関わらず、当日のうちに内幕をばらすことは全く今日の第一部の完成度を損ねるものではないという風で、壇上で心から楽しそうに笑いあう彼らは、第一部のストイックなまでの完成形を作り上げたことと、現在の第二部でのライブを行っていることは、全く以って潔く、別の次元のものであると考えている様子に見えました。
そういえば先ほども「沢山の人に協力してもらって、本当に大変だった」ということを無邪気に話してしたことを思います。
東京の音楽シーンを支える老舗のライブハウスの床に、投影幕をを固定するために釘を打たせてもらう提案に感動したこと、多くのスタッフの人が本気で関わって支えてくれていたことを、この日も、後日のブログでも感謝していたことを重ねて思います。
第一部が完璧に完成でき納得がいったからこそ、第二部で、これだけ無邪気に、これだけ全力で飾り気なく率直に楽しみ、音楽と戯れることができていたのかもしれないとか、そんなことを考えました。
彼らのその潔さと無邪気さに、締め付けられる思いがします。

談笑する彼らの背後、一歩引かれた場所に置かれたドラムセットに位置する丸山さんのソロが始まります。
普段、彼らが曲を演奏している中で、描く世界をサーカスのテント内の出来事に例えると
そのテント自体の屋台骨というのは、明確に時に強く、時に慎ましく、秩序を線引き続けている丸山さんのドラムの音の存在に他ならないかもしれません。揺らがないこと。倫理や秩序といった明快にするべき前提を、丸山さんのドラムは軽やかに、重厚に、楽しそうに、線引いているということを、今更のように実感します。
そこから続いた『グルグル自慰行為』、暗いガーデンで篝火を焚く少年の幻と、目の眩むような強い光と音楽の応酬。
扇動者である「アジテーター」とは誰のことを指すのでしょう。
そして怒涛の勢いが一切緩められないまま、雪崩れ込むように『グロリアバンブー』の淫靡な裏通りの深夜の密室へ。
「ジー ア グローリア ビー ビーッ バンブー オーイエス!」
音源中、コケティッシュな女の子たちの声で歌われるコーラスを客席に求めた後、背骨までもが蛇のように波打つ感触の大きなうねりの渦中、ギラついた光を纏う幻が展開されていきます。
そういえば、私はこの曲を、音源を購入後、アコースティックではなくライブでちゃんと聴くのが初めてで
ずっと聴きたいと思っていた分、この日、聴くことができたことがとても嬉しかったことを覚えています。
そして続くのは、『MANIC PIXIE』。
アコースティックでは数度聴くことができた(これに関しても相当度肝を抜かれました)けど
曲の全体を把握した後に、ライブでちゃんと見渡す様に聴くことができたのは、この曲も初めてです。
前回は「トリッキーだなー、情報量多いなー、展開速いなー、」と傍観するように眺め
途中から溺れるように聴いてしまい、細部に関して全く覚えていないという聴き方しかできなかったこの曲を
把握した上で聴いてみると、想像していた以上に、とても楽しかったことが印象に強いです。
ライブで曲を聴いて、こんなに楽しいことが不自然に思えるくらい。
一聴してトリッキーな難しい曲、として興味を失ってしまわず
曲を把握して、ここでこれほどに楽しむことができている現在に、ここ数カ月の自分を褒めてやりたいくらいの気持ちが湧きました。

否応なく体温の上がる三曲を経て、「次が、本編最後の曲です」と紹介されたのは、『古代に捧ぐ』でした。
その前にあった告知と、このライブの企みの楽しさと大変さと、不安さと、多くのものを巻き込みながら今日を迎えたという話。
「自分たちのやりたいことと、楽しんでもらえることを擦り合わせて形にしてみて、大変なことも多いのですが、不安もある中、今日をこうやって迎えられたこと、多くの人に来て喜んでもらえたことが
泣きそうになるくらい嬉しい」
そう言って頷く彼らは、誰に対してよりも、彼ら自身の倫理に対して、誠実であろうとしているということを強く感じました。

「最後にファンの人のためだけに、書いた曲『古代に捧ぐ』を聴いてください」
そう言って始められた前奏の上には、この日一番に明るい照明が降り注いでいました。
音源で聴きなれている形よりも、この日の演奏は、ドラムの輪郭が強く、白く降り注ぐ照明の色と有機的に柔らかく鳴るギターの音が合わさって、月夜に照らされた無人の岩山の情景を思いました。李白の詩のような清らかな優しさに満ちた情景。
甘く遠い郷愁が一帯を柔らかく染め、恒久に通じる清らかさと凛とした存在を、黙って見守っている月夜のような曲。
以前のライブで『航海の詩』に向けて感じたような、LIPHLICHの姿勢自体を司る標のような曲なのだなと、改めて感じました。

「アンコールで重大発表みたいなやりがちなことは一切ないので、安心して暴れてください。ここからは乱痴気騒ぎだ!」
と壇上に再び現れた久我さんが叫んだ後、アンコールの一曲目は『My Name Was』。
見ているだけで、降り注いでくる音を必死で受けとめてなぞっているだけで精一杯で、もう記憶がないです。
時折で、ゆるやかさの差し挟まれる瞬間に我に返りそうになり、でもその隙を与えず、再開される怒涛の波。
本当に、気持が良かったです。雑念や思考の入る隙間が一切ないの。
集中が途切れる余地のない純粋な楽しみ。
50メートル全力で走って、周囲の音が聞こえなくなる時の感覚と近いものを感じました。

そして続いたこの日二度目の『グロリアバンブー』。
先ほどよりも執拗に「最初の女の子のコーラス、言わないと今日返さないから!」と観客を煽りつつ
冒頭のコーラスを客席を含みながら幾度も繰り返した後に、入った本編の、先ほどより更に増した絢爛さ。
もう訳が分からなくなりながら、ひたすら楽しいとだけ感じつつ、目の前の視界が星を塗したように
キラキラして見えました。
そして、最後の曲、この日二度目の『MANIC PIXIE』。
半分気が遠くなりながら、壇上と空間全体を同じ色で包む熱と喧騒を、視点の定まらないままで幾度か眺めた時に、居る人たち一人残らずが、一切の雑念の入らない「今、この場所、この時」というものだけに溺れているように見えました。
何て美しい景色だろう、ということを感じたのは、この時が一番強かったと思います。
何が美しいって、あの場の隅々までが、音楽と愛と熱を帯びた一色に、理性を失い溺れていたこと。
そんな情景って、生きている中ででも、なかなか見ることはかなわないものではないかしら、と後になって思いました。



終演後、客席に照明が付き、私は22時に新宿駅でゆきめちゃんと待ち合わせている現実を思い出しました。
「え、今って何時?!」
と青くなって時刻を見ると、21時を幾分過ぎた時刻で胸を撫で下ろした覚えが強烈にあります。
もし、あの時、時刻が22時を既に回っていたとしても、私は、ゆきめちゃんに申し訳ない気持ちを
抱きながらも、この公演を、途中で切り上げるという選択はなかったように思いました。

この日、素晴らしい公演を見たこと。
それはきっと、私にとって、ずっと消えない記憶になると思います。
高校生の私が、自分が見られなかったコンサートのビデオを見て、あの会場に居る全ての人に嫉妬と羨望を
感じ、あの場所に、どんなに悪い席でも同席できた人は、どんな人であろうと私よりも幸せな人だと
強く感じた記憶を思います。
私が上記に書いたこの日の記憶に関して、大げさな部分は一つもありません。
私は、自分が見たもの、感じたことを、そのまま誠実に言葉に移し替えただけのことです。
この文章を読んで、半信半疑ながら、少しでもあの場所へ同席してみたかったという気持ちを感じた人には
これからも、想像を絶するだろう密度で空間を染めていくだろうLIPHLICHを見守っていくことを
お薦めします。

そう、言えることは、私自身がLIPHLICHを全面的に信頼しているということなんだろうな、と
ここまで書いて思いました。
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by pinngercyee | 2013-04-16 11:00 | 音楽
詳細が出たので、お知らせです。

第十六回文学フリマin大阪
開催日 2013年4月14日(日)
開催時間 11:00~16:00
会場 堺市産業振興センター イベントホール
アクセス 地下鉄御堂筋線「なかもず駅」、南海高野線「中百舌鳥駅」徒歩3分
参加サークル数 約300サークル
主催 文学フリマ事務局
共催 文学フリマ大阪事務局

私は【A-25】『犬尾春陽』です。
お隣【A-26】は前回の文学フリマで委託した『花森ゆきめ』ちゃん。
菜種はむらちゃんも出ます。
大阪行脚行ってきます!!

関西圏の方、ぜひ遊びに来てください♡
お久しぶりなお友達にも会えたら嬉しいなあとか!

どうぞよろしくです。小声で言うけど新刊もあるよ!既刊は残部僅少だよ!
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by pinngercyee | 2013-04-15 00:00 | お知らせ
新刊を作ったので、お知らせです。

犬尾春陽 窓辺作品集
『一、身体』
『二、死』
『三、幻』
A5、各500円(税抜)

WEB文芸誌窓辺にて掲載された作品を、今回の窓辺卒業に伴い、冊子にしました。

WEB文芸誌窓辺掲載作品解説

『一、身体』は、窓辺掲載作の中から『ババロア』『純潔』『鋭角』『手』『足』『繭』を収録。
体の一部シリーズは、大学在学中に始めたシリーズで、今後も続けていきたいと思っています。
収録順は、モチーフを上から順に並べてみたものだったり。

『二、死』は、窓辺掲載作の中から『神様』『リンデン』『K貝類館』を収録。
この三つを束ねるために死という言葉を用いましたが、語感ほど重たくない作品群だと思います。

『三、幻』は、窓辺掲載作の中から『イメージ』『Mさんの話』『夜に棲む者たち』を収録。
これらの話の中身が、ただの幻であるのかどうかは、読んだ方にご判断をお任せしたいと思います。

書き下ろしなどはありませんが、窓辺誌上でお読みいただいた方も未読の方も
手元に置いて頂けたら、長く読み返してもらえる冊子になったんじゃないかと思います。

発売は、4月14日文学フリマ大阪にて。
その後、東京ではタコシェ様に委託販売もお願いしようと思っています。
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