<   2012年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

大手町に用事がある度に訪れる丸の内oazo丸善の文具売り場で
私はその日、いつものような心ときめく買い物ができないまま、
せっかく足を伸ばしてここまで来たのに、という期待を裏切られた落胆と
まだ何か、私が見ていないところに特別な出会うべきものが潜んでいるのかもしれないという
帰りたくない気持ちに理由をつけて、私は下りのエスカレータに足を進める前に
四階のフロアをぐるりと見回しました。

その右手奥。傍らに広がる輸入書・美術書の売り場とは趣の異なる一角に
先ほどエスカレータ脇の壁に書かれていた『松丸本舗』という屋号が示されていることに
ふと目が留まります。

「どうして本屋の中に本屋があるんだろう?」

入口から内部を覗き込んでみると、区画の中は天井まで伸びる高い本棚に占められていました。

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本屋や図書館などの多くの本を扱う場所で見慣れた、整理された直線的な印象はありません。
本棚はところどころ高さを凹凸させ、それ自体が前後に曲線を描いて、内側へ誘うようでした。

ところどころにテーマとなるらしい言葉が掲げられ、それに従う書物が
出版社や作家名などに関わらず、誰かの目で関連深いものが選ばれているということが見てとれます。

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歩を進めるごと、視線を動かすごとに、違うテーマに集う本たちが、私を取り囲むのを感じます。

森みたい。
そこここの場所でいろんな花が咲いて、いろんな色をした蝶たちが何万匹も集っているみたい。

そんなことを感じながら、どこに何があるのか、どこに目を向ければいいのかわからないまま
私は、本当に森の中を迷っているように、四方へ目をやり、目についた言葉に立ち止まり
それまで感じていた疲れや空腹も忘れて、曲線を描く店内を魚みたいに周遊しました。

さまざまな題材がありました。
歴史や情報学、天文学から音楽、映画、料理、生活、伝統芸能、精神学。
デカダンスにアバンギャルド。旅。
目につくものを数えてみても、数えきれないほどの題材は、森というより森羅のようでした。

「知的な大人のための、ビレッジヴァンガードみたいなものかな」
「恵文社みたいなセレクト書店なのかな」
「本当に本が好きな人じゃなきゃ作れないだろうな」
ここがどんな場所なのか、うまく把握できないまま私は店内を歩きながら
この場所をうまく説明できる言葉をぼんやりと探していました。

『少女・乙女』
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掲げられたテーマに思わず足を止めます。
『少女・乙女』は私が長らく拘泥して、自分でも手当たり次第に調べた題材ということもあり
この分野にくくられるだろう本に関しては、ある程度判断ができます。

正直、相応しくない本や私の目から見て低俗な本が含まれていれば、私は素直に落胆した筈です。
筈、というのは、その書棚の審美眼が、私の予期した以上の正確さで、私を落胆させなかったからでした。
幾百にも上るだろうテーマのうちの一つ、『少女・乙女』というものへの深い考察と正しい審美眼に
私は驚きと共感を覚えました。

そしてその、正しい審美眼への期待は、『探偵小説』の棚の品揃えで確信に変わりました。
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お仕着せの分野分けなら、これほど愛情を持った本選びができるはずもありません。
ここに集められた本たちは、愛情を持って、詰め込まれるように集められているのだということ。
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なかなか売っているところ自体見かけない新青年傑作選を取り揃え
探偵小説を書くことが有名ではない作家までを含むの探偵小説傑作選を揃えたこの本棚は
誰かの共感を待っていたのかもしれないと感じました。

私は「感動」したのだと思います。
これほど題材に、愛情を持った潔癖で正確な本選びをしている書店を
私は見たことがないと感じました。

題材に関する専門店というならば、話も分かります。
しかしこの題材の量。目で追うだけでも果てしない量の、天井まで聳える量の本たちは
この愛情を持った誰かに選ばれ、正しい場所に一冊残らず正しく収められているということ。

本棚を見れば、その人が分かると言います。
しかし、これだけの本を、これだけの分野を、宇宙のように内包している『誰か』に
この書店を作った『誰か』に、私は、ここで初めて尊敬と信頼を抱いたのだと思います。

信頼できると思うと、それまで流し見ていた分野まで、ひとつひとつ覗いてみたくなりました。
私の知らない世界を熟知した誰かの、確信のある審美眼で選ばれた
手引書であることに違いないからです。

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それぞれの棚に添えられた言葉は誰のものなんだろう、という関心が湧き
私はレジにいた書店員の方に尋ねてみることにしました。



「すいません、店内に書いてある手書きの言葉は、誰が書いているんですか」
書店員の男性は、私のこんな唐突で不躾な質問に、丁寧に答えてくださいました。

この書店は総て、『松岡正剛』という人の『千夜千冊』という読書録にある本を核にして
題材立てられ、作られていること。
書かれている手書きの言葉も、総て店長である『松岡正剛』という人の肉筆であること。

「入口に並んでいる赤い本をご覧になりましたか」
いいえ、と私が首を振ると、書店員の方は入口へ私を導いてくれました。
「これが、この書店の核になっている『千夜千冊』です」
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一冊が五センチもあるのではないかと思われるような厚さの本は総て、松岡氏が選んだ千冊を
紹介したものであるということでした。
「松岡氏は、これを書くにあたって、既読の本も全て読み返したそうですよ」
一冊一冊への紹介文を書けるだけの愛情があればこそ、という納得の傍らで
私は名前を見知っていただけの松岡氏が脳内にしまっていた宇宙の内包する壮絶な読書量に
思わず言葉を失いました。

「凄いですね……」
書店員の方は、誇らしそうに笑みを返してくれました。
「松岡はですね、こんな本屋を作ったのは、もっと多くの本との関わり方があると示したかったんですよ」
「関わり方っていうのは?」
「最初から最後まで読むことが一般的な読書ですが、本というものは
 もっと多くの関わり方ができるっていうことです。
 たとえば、開いたページを読むだけで意味のあるもの。
 飾ってあるだけで嬉しくなる美しい本。
 読もうと思って積んでいるだけで、わくわくするのも立派な本との関わり方ですし
 もちろん辞書みたいに必要な時に取り出してみるのも、一つの関わり方です」
「一行取り出して書きとったりだとか」
「そうです。それも一つの関わり方です。もっと本との遊び方を示したいということなんですね」

「なるほど、」と納得する私に、書店員の方は奥の棚を指さしました。
「あちらの棚は、松岡が好きな人たちに頼んで、彼らの本棚にあるものを再現したものなのですよ」
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『本棚を見れば、その人が分かる』ということを、逆説的にやってしまうことに
「あの人の本の並びが見たかったから」と悪びれもなく書店の中で実現してしまうことに
私は目から鱗が落ちる思いがしました。
(初めて一人暮らしした部屋は、本棚を人に見られたくないからという理由で
 大学からバスで40分離れたところに借りていた私には、耐えられないと思ったり)

「松岡は、総ては編集だと言っていまして」
「編集」
「そうです。この本の体系付けや分類や。興味の繋がる方面へ、ひとつひとつ広げていくこと」
私が目を見張った、潔癖な審美眼は、松岡氏による編集という形の産物であるということのようでした。

「本の選び方に、とても感動したんです。ここのことを、ブログに書いても良いですか」
そう尋ねた私に快諾してくださったNさん、貴重なお話を本当に有難うございました。

東京駅で下車する機会がある時。
大手町に用事があった日。
そんな時には、私は必ずこの書店を訪れるようになる気がします。
その時折々で、私の目に留まる題材は、きっとその時の私に必要な要素であるのでしょう。
まだ見ぬ何か、まだ見ぬ私にとって必然な世界への入り口を
信頼する書棚の前で、感性を研ぎ澄ませて探すこと。

そんな幸せな、本との関わり方ができる場所は、なかなかありません。



興味を持たれた方は、一度訪れてみて下さい。
予感に従って棚の間を周遊して、愛と確信を持って選ばれた本たちの中から
今の自分に必要な一冊を見つけ出す喜びを。

松丸本舗
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以前から、気になっていた場所がありました。

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飯田橋の駅前、歩道橋を渡り、UFJとみずほのATMのある場所から右手に進んで
一つ目の角を左に折れた裏通りに、その場所はあります。

『日本で初めてのパペット専門店』と掲げられたショーウィンドーの脇には細い階段があり
下から二階を見上げてみても、店内の様子は伺うことが出来ません。

(操り人形専門店、ってどんなものかしら)
(人形劇をやる人たちが出入りするお店かしら)

以前から、近くを通りかかる度に、暗い階段を覗いてみるばかりで
私は、実際にこの階段を踏みしめて上がる勇気を持てずに居ました。

失礼を承知で率直に白状すると、少し、少しですが、私は人形が怖いのです。
そう言ってしまうと、語弊があるし、決して全ての人形を怖がる訳ではないのですが
心から、何の屈託もなく、「人形が好きで」と言える人間ではないことは自覚しています。

人形という大きすぎる概念に対し、大雑把に怖いと言ってしまうのが失礼なのは分かっています。
美しい人形に目を離せなくなる経験も、恋のような感情を抱いた経験もありますが
それは自分にとっての特別な一体と向かい合う機会に恵まれた時だけで、普段の暮らしでは
私は多少、人形を避けて暮らしているといってもいいかもしれません。

そんな私が、なぜこの場所を訪れたのか。
一度通りかかって、足を止めて、階段の上を覗き込んだのか。
階段を上がらなかったその後にも、この場所のことを気に留めていたのか。

畏怖のような憧れがあったのかもしれないと、書いていて気付きました。
小説の題材には幾度か取り上げたこともある少女人形という概念。
球体関節で、姿勢を変えることが出来ると言っても自立はせず、永遠の姿の抜け殻である外形。
そういった私の中にある『人形』という概念を、この階段を上がることで
一から覆すことになるとは、階段の下で見上げていた時の私は、全く予期していませんでした。



雨の降る日に、ぽっかりと時間ができ、私は「どこか普段行かない場所へ行こう」と思い
この場所を思い出したのは、偶然ではなかったのかもしれません。

雨の降る6月の夕暮れほど、このお店を訪ねてみるのに相応しい時刻はなかったように思います。

お店の看板は掲げられ、二階へ続く階段は開かれていました。
一つ息をしてから、初めての雑貨屋を訪れる時くらいの気持ちだと自分に言い聞かせて
傘の雨を払い、階段を一つずつ登りました。

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先客は居ないようでした。
6畳ほどの小部屋は壁に沿って台が設えられており、糸で吊られた人形たちが
従順な表情で並んで居ました。
糸で吊られて立っているもの、腰を掛けているもの。
談笑しているように横を向くもの。放心しているように見えるもの。
それぞれの人形はそれぞれの表情をしていましたが、暗い印象のものは一つもありませんでした。

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人形と聞いて勝手にイメージしていた球体関節のような少女人形は殆どありませんでした。
添えられたカードにある作者名を見ると、外国の作家の作品も多く含まれている様子でした。

お伽話に準えられたもの、『赤ずきん』や『トロル』、宮澤賢治の『土神と狐』などや
デフォルメされたコミカルな表情の動物たち。
ピエロやお姫様、はたまた鬼のような面持ちのものたち。
子供の頃に読んだ、ロシアの絵本の挿絵のような顔つきのもの。

それぞれが一つ一つ、丁寧に彫刻刀で木から彫り出された四肢をもつもの。
プラスチックや石膏のような気配を見せるもの。ぬいぐるみのような布製のもの。

空調の入っていない店内で、額に薄く汗をかきながら、私は足音を立てないように
我を忘れて彼らの表情をひとつひとつ覗き込みました。
大量生産されるおもちゃ売り場の工場製の空虚なバービー人形とは違い
ここにある人形たちは、それぞれに愛情を持って作られたものであることが分かります。

私はいつしか、子供時代の頃のことを、思い出していました。
祖母の集める絵本の中で、あらゆる国のお伽話を読みました。
マザーグースにバーバヤーガ。ラプンツェルにグリム童話。ギリシャ神話に中国の昔。
ネパールの夜明けの話やミヒャエルエンデの描いた国の話まで。
テレビの中でしか知らないアメリカやイギリスと、絵本の中で知った国々の景色は
私にとって同じ距離、いえ、テレビの中の話よりも
絵本の中の景色の方が身近だったかもしれないと思います。
テレビの中にはニュースしかありませんが、絵本の中には登場人物が居て物語がありました。

それらの中で、かつて私にとっての世界だった見知らぬ国の住人たち。
日本でも、昔は忍者やサムライと同じく、山には鬼が生きていたのだと思っていたし
ドイツでは、ブクステフーデに国中の魔法使いが集まる会議があると知識として知っていた
幼少の私にとっての、世界の住人達と、大人になってから不意に出会った、という印象を
受けたように思います。

私の信じていた世界は、いつのまに、誰によって、否定されてしまったのでしょうか。
学校で歴史として学ぶ話と、伝承として残る昔話の違いは、どこだったのでしょうか。
大人になった私には、分かることでも、当時の私には、どうしても分からなかったことです。



「いらっしゃいませ」
声をかけられ、振り向くと男性が一人奥の部屋から現れました。
「こんにちは」
勝手に入って商品を覗き込んでいた決まりの悪さから視線を外して会釈をすると
男性は空調のスイッチを入れながら、
「ここにある人形は、全て動かすことを目的に作られていますから、動くんですよ」
と声をかけてくれました。

操り人形、なんだ。と思い出します。
糸に吊られた彼らの姿を見て、それでも動かない人形たちの姿を見て
私は「彼らが動くのだ」ということを、言われて初めて意識したように思います。

「せっかくだから、動かしてみますか。動いているのを見てみたいのはありますか?」
静かな口調で男性が問うてくれた言葉に甘え、私は壁際に立つ白い頬の少女人形を指しました。
切りそろえられた前髪と、長く垂らされた黒髪の、品の良い白いブラウスと黒いスカートの。
「これですね、はい」
男性は、彼女を吊るしていた取っ手を持ち上げ、定位置から彼女を床に導き下ろしました。
私はそれを、彼女がこれから動くということを、半信半疑の気持ちで見守りました。

数本の糸に吊るされていることを忘れてしまうほどに、滑らかに彼女が顔をあげました。
青い絨毯の床を、一歩、二歩。華奢な足で、まっすぐに踏んで、こちらに歩いてきます。
背筋を伸ばして、まっすぐに。
私は彼女から、視線を外すことが出来ませんでした。

スキップをしたり、うやうやしく歩いてみたり、彼女は数度の往来の後に
腰を折り、私に丁寧にお辞儀をして見せました。私もつられて彼女に頭を下げます。

「すごい、ですね……」
人形が歩くさまを、初めて間近で見たことで、私は語彙を失っていました。
それまで首を傾げたり微笑んだりはしゃいだりしていた少女は、男性の靴に腰を掛け
再び人形の表情に戻っています。

「操ってみませんか。自分の手で動かすと、神経が通うのが分かります」
手渡された木製の取っ手を、私は壊してしまわないか不安に思いながら受け取りました。

「まず、立った高さを見つけます」
取っ手を右手に持って、彼女の背後に立ち、男性の声に従って、彼女が自立できる高さを探します。
低すぎると、彼女は膝を折ったまま。
高すぎると、彼女の足が床から浮き、彼女の体重が急に重く感じられます。
取っ手を注意深く握りながら、自分の肘の折り具合で高さを探っていると
ふっと彼女が真っ直ぐに立てる高さが見つかります。

「その場で、そのまま足踏みをさせてみて下さい」
縦に持った取っ手と十字に交差する部分を親指で右にずらすと、足に繋がる糸が引かれ
彼女が片足を持ち上げました。
「そう、そのまま左に」
言われるままに親指で抑える場所を左にずらすと、彼女は足を下ろし、もう片足を持ち上げました。

「そうです、そのまま、高さを変えないようにして、左右にすると足踏みしますよ」
肘の角度を固定したまま、親指を左右に動かします。それに従い彼女は、従順に足踏みをしました。
私の手の震えは、そのままに。私の戸惑いも、彼女が従ってくれる喜びも全て
指先を通じて全て彼女に共有されていることを、確かに感じます。

「足踏みのまま、位置を前に進めると、歩きます」
私が歩を進めると、宙に浮いた彼女の足は勢い余ってブラブラと空中で大きく揺れました。
先ほど、男性が操っていた時には、まったく揺れなかったこともあり、幾分戸惑うと
「一週間も触っていると、神経が通います。触ったばかりでこれだけ動かせるのは立派ですよ」
と、声をかけられました。

男性の言った『神経が通う』という言葉は
触る前の私にとっては多少大仰に感じられたように思います。
でも、彼女を右手に従えて、私の震えも怯えも喜びも戸惑いも、全てが彼女に伝わると感じた後で
その言葉が、それ以上に正しく言い表せる言葉はないのだということまで理解できた気がしました。

「立った姿勢から、取っ手を前に倒すと、お辞儀をします」
「軽くお辞儀をした姿勢から取っ手の角度をひねると、顔が横を向きますよ」
「それから、両手は一本の糸でつながれていますから、左手で引いて」
「そうすると、自分の指先を見上げる姿勢になりますね」

私は彼女の黒髪の垂れる背中を見下ろしながら、言葉に従って彼女を操りました。
彼女は幾度かの試行の後に、首を傾げ、その指先を見つめました。

「……本当に、生きているみたいですね」
「ええ。ここにあるのは、動かして楽しむためのものたちですから」

この時、私は階段を上がる前までの、今までの人生を通じて抱いていた人形というものへの
漠然とした怖れや苦手意識が消えてしまっていることに気付きました。

「人形劇に使うためのものなのかと思っていました」
「劇に使うためには、もっと大きなものでないといけません。
 ここに居るのは、個人が操って、家でプライベートに楽しむためのものたちです」

私の右手から神経が伸び、私の感情を受け止めている少女が、家に居たら。
現在、自分の一部のように思われている少女が、再び私の手元から離れるということが
彼女を右手に従えた状態では、想像することも難しいように思われました。

「有難うございました」
一体が何万円もする高価な人形を、現実的に今は買えないということを思い出し
その感情を払拭するように、私は彼女を操る取っ手を男性に返しました。

「可愛いですね」
「ええ」
「私がお金持ちなら、彼女を連れて帰りたい気持ちなんですが、御免なさい」
「いいえ」
「また、覗きに来ても、いいですか」
「ええ、勿論。ぜひまた遊びにいらしてください」



男性にお礼を言い、壁際の元の位置に戻った少女の黒目がちな微笑みを一瞥して
私はこのお店を後にしました。

帰り道の電車の中で、彼女を操っていた右手の感触が、彼女と微かに神経が通いかけた感触が
まだ残っていることを感じました。
――この感触を、彼女と遊んだ今日の記憶を、忘れてしまわないように。
そう思い、私は彼女に会いに行くことを思いました。

例えば、親しい人の家を訪れる時、私は彼女とともに子供に会いに行きたいと思うかもしれません。
私がかつて、絵本の中の世界を信じていたように。
魔法を見ることのできる子供であるように。
そんなことを思いました。



興味が引かれた方は、階段を上ってみて下さい。
そして、目の合うものがあれば、操らせてみてもらってください。

指先に神経が通う感じ。
私は、雨の夕暮れにここを訪れなければ、一生知ることがなかったと思います。


操り人形専門店 Puppet House
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by pinngercyee | 2012-06-24 17:45 | 東京
お久しぶりになってしまった街はぴ、気合い入れて記事書きました。

菫の花のサラダと菊の花の丼 箸で食べる洋食『くしのはな』

上記の本文中には、あえて写真を使わなかったのですが、こちらにひっそり貼ってみます。

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お通し。

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花のサラダ。

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地鶏の塩辛。

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グラタンスープ。(正式名失念)

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花の丼。

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ナポリタン。

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メニュウ。

気になった方は記事どうぞ♡
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by pinngercyee | 2012-06-24 15:48 | お知らせ
以前、こちらで動画を貼りつけてご紹介したkyoooちゃんの1stCD『鳥が歌う』の
発売記念イベントが、昨日、八丁堀七針にて行われました。

地下鉄の八丁堀駅からローソンを右折して川を渡り、左手のビルの奥の道を進んだ先の
床屋の地下に、七針はありました。
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小雨の降る夕暮れに、七針の看板を見つけると、その入り口の傍らには梔子の花が咲いていて
甘い甘い匂いを密やかに湿度の空気に溶かしていて、それだけで
kyoooちゃんの音楽に似つかわしく思われました。



この日の出演はkyoooちゃん本人が「この場所で聴きたかった」という三人と。

一人目の出演はigawa takuさん。
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大学三年だというigawaさんは、(写真から伝わることを願うのですが)
控えめながらも、とても佇まいの美しい、纏う空気のきれいな青年でした。
「ライブをするのも三度目か四度目くらいで」
と話しつつ、その場を染める歌は、気軽なように見えてとても澄んでいて
思わず息を飲んでしまいました。

まだyoutubeに動画もないし、CDも作っていないそうなのですが
彼の音楽が遠く多くの人へ届くことが今から楽しみに思えます。CD出たら絶対買います。

こちらのサイトで、彼の音楽を聴くことが出来るので、気になった方はぜひ。
間違いなく、受け取った誰かの大切な、宝物のような一曲になる音楽だと感じました。
http://soundcloud.com/igwtk
(★一番上のじゃなくて2つめ以降のやつを是非)



二番目はNOBLUEさん。
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この日はVJの方の映し出す映像(というか絵を手動で動かして投影しているアニメーション)に
重ねるようにして、投影される壁の脇の暗がりの中で、ピアノを弾き、歌う形で
行われたライブでした。



youtubeがあったので、貼っておきます。
投影されるアニメーションのシーンが区切れのないものだったからか、彼女の演奏する曲も
一曲ずつ区切りがあるものというよりは、一つの絵本のシーンが変わるように思われて
展開していく一連の流れのアニメーションと、澄んだ濁りの不協和音を孕む音像と
子供のような声の歌が、明りを落とされた地下室の中を染めていて
暗闇の中に座ってそれを見る観客たちは、身じろぎひとつせずにそれを見守っている時間でした。

何て言うんだろう。
終演後に、彼女に「とても良かったです」と話しかけた時に伝えたしどろもどろの感想を
「とても嬉しい」と言ってくださったので、こちらにもしどろもどろのまま併記します。

印象としては、うまく言えないんですが、
『子供の頃に、真剣にいっぱい考えて分かった真理みたいなものを、大人に訴えると
 理解してもらえなかった』時の真剣さ、みたいなものを思い出しました。
 自分にとっての、絶対的なものを見つけた時のような。

NobLUE



三番目は双葉氏。

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この日は最後のタワーホテル以外の曲をピアノでやる形の珍しい(私はあまりみたことない)ライブ。
1曲2曲、は今までもピアノを使っていたけど、これだけぶっ通しでピアノを使うと新鮮。

七針の地下の、雨の日の湿度の伴う、とてもいい意味の密閉感の中でピアノの音が
怒涛の水音のように途中から聞こえ始めた気がしました。
音の降り注ぐ力と、空間に数秒とどまっては消える歌詞のワンフレーズの言葉の輪郭を
久しぶりに意識しました。
ここで録音してピアノCD出したらいいのに!と聴いていて思う。

良いライブだったと思います。
(配布された特典CDに音源未収録の『最初のお別れ』が収録されたこともあり
 フタバーの人は、今日来てればよかったと思うんだろうなーと思ったり。
 ところでこの歌って、花を送ったらストーカーとして収監されてしまった悲しい歌なのね)



四組目は、kyoooちゃん。
この日はCDレコーディングに参加した人たちが曲により変わる編成の演奏でした。
ゴージャス!

始めはチェロとギターの人たちと。
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CDで聴いた時も感じたのですが、kyoooちゃんの音楽は空気を震わせるのが目に見えるようで
kyoooちゃんの演奏をこの日初めて実物を前に聴いたのですが、それが本当に凄くて、
チェロの弓に使われる繊維の束が、そっと触れるたびに弦が揺れて、空気が震えて
それが音として伝わるということの同じことが、音楽全体として目に見えるようでした。

客席は息を殺して、空気を震わせないように、あまりに微細で可憐で完璧な音の空間に
ただ黙って端居しているのが分かりました。

溜息にも似たkyoooちゃんの微かな可憐な歌が滲んで消えていくのに重なるギターと
曲折々に加えられる違った音の響き方。
色んな音が混じり重なる中で、何一つとして適当には扱われていなくて
ひとつの音までも、注意深く注意深く耳をそば立たせてスプーンから砂糖をこぼすように
息を飲んで扱われていることが、見ていて分かるように思いました。

最後に全ての人が加わってアンコール曲をやったのですが
その時に芯になるkyoooちゃんの声とギターは、ささやかで繊細だけど核になるだけの強さがあって
全体の真ん中で、発されるさまざまな音を纏って微笑んでいるように思えました。

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この日演奏されたtower聴いて、kyoooちゃんの声は、英語ととても相性がいいような気がして
youtubeのtowerを貼っておきます。


雨音を重ねた演出で行われた『雨音』もとても良かったです。
静かな雨の日というのも似つかわしかったです。

素晴らしい日を有難うございました。

http://kyooo.net/
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by pinngercyee | 2012-06-17 18:10 | 音楽
2012年5月 京都散歩 その1に引き続き、書きます。

次の目的地は、恵文社一乗寺店
鴨川の向こう側、出町柳駅から叡山電車に乗り、三つ目の駅、一乗寺で下車します。片道200円。

出町柳の駅の近くには、私語厳禁の名曲喫茶柳月堂、その階下にあるパン屋柳月堂、
国内外のインディーズアートを取り扱うトランスポップギャラリーなど色々ありますが
今回は立ち寄っていないので、書きません。

一乗寺の駅で下車し、右手に数分歩くと、恵文社一乗寺店があります。
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そういえば、私、このブログで恵文社について、書いたことがありました。

贅沢な休日

上記の記事で書いている通り、十年前に、出町柳に暮らす大学生だったころから
私は恵文社に足を運ぶたびに、畏敬のような信頼のような気持ちを抱いていました。

静かな場所。揺るぎない清廉さをまとった場所。
お寺の庭を訪れた時に感じる涼しさにも似た荘厳さと言ってしまうと
少し大げさかもしれませんが、この場所はやはりとても特別な場所なのだと
入口のドアを押し開ける度に、歩を進めてキシキシと鳴る音を静けさの中に聞く度に
これからの人生を一変させてしまうような予感のする一冊の本や
宝物になるかもしれない小さな一つの、何か。ペンや葉書や、そんな何かを見つける度に、
その思いは強くなります。

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店は入口からすぐの空間(写真上)が、本を扱う場所になっています。
大型書店のような網羅性はありませんが、この場所に置かれる本は一冊残らず
「選ばれて」この場所に置かれているのだ、という必然性を持っているように感じます。
取り扱われている音楽や画集、絵本などに至るまで、この空間にあるもの総ては
威厳を持ってその場所に存在しているのだと感じさせられます。

本を扱う左手奥は、ギャラリーを備えた雑貨スペース。(写真中・下)
私が銀座月光荘を知ったのは、この場所でした。
美しい名前の、(例えば『夜のセーヌの青』など)控えめな色味の可憐な便箋を
五色の中から選び出して、会計に持っていった時の気持ちを今も覚えています。

写真にはありませんが、数年前の改装で、書籍スペースの右手奥には『生活館』ができ
食器や料理に纏わるものなどを扱っています。

サイトの通販から、単純な意味での買い物はできますが、
私は関西に訪れる理由ができるたびに、京都・一乗寺まで足を伸ばして、ここを訪れます。
息を潜める時の気持ちを思い出すために。
この場所で息を潜めて、耳を澄まし、自分の予感を信じて棚に手を伸ばすときの
あの少女の溜息のような感覚を忘れてしまいたくなくて。

こちらでは、今回、山田風太郎の『人間臨終図鑑』の一巻を求めました。
窓辺の冊子の配布もお願いしました。



何年か前に、恵文社の傍らに『葡萄ハウス家具工房』二号店が開店しました。
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以前は、恵文社の何本か裏手の道を迷いながら目指さないと辿り着けなかった場所が
分かりやすい場所に開店して、探しに行かなくても立ち寄れるようになって嬉しいです。

また京都に住む時には、ここで家具の一式を揃えようと思っています。
恵文社のサイトでも紹介されているように、質のいい可愛らしいアンティークの家具を
手頃な価格で扱っていて、家具はたやすく購入できないながらも
一度訪れると欲しくなってしまうようなものが沢山あって困ってしまう素敵な場所です。



恵文社を出て、北白川にあるガケ書房へ向かいます。
このルートは、直通のバス路線がなくて、時間がある時はだいたい歩くのですが
今回は時間がなかったため、タクシーに乗ってしまいました。

さて、ガケ書房です。
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ガケ書房は、私が居た当時はなかったので、私は今回みたいな旅の折に訪れるばかりに
なってしまうのですが、ここも恵文社と並んで、京都を訪れる際には寄りたい場所の一つです。

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店内は雑誌や一般書籍が木製のラックに並べられている傍らに
「可愛いもの」「面白いもの」などの雑貨や、京都の街に関わりのある音楽を集めた棚
古書を出店している古本ブースなど、広義のサブカルチャーというよりも
店主が誠実に選んだ「面白いもの・素敵なもの」が店内に集められているという印象を受けます。

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「写真を撮らせてください」と言うと、お店の方は
「あの奥に、カメが居るので、カメも撮っていってくださいね」と仰ったので
覗き込んでみると、居ました。カメ。全部で4匹居るそうです。
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ガケ書房では、友人のパラパラ漫画家TAMAXさんの作品も取り扱っているので
前回に続き、売場の写真も撮らせて頂きました。
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私はかれこれ十年くらいTAMAXさんの文章のファンで、ブログを見守っているのですが
彼女のパラパラ漫画作品も、スマートでいじわるで大好きです。『フルコース』が特に好きです。
デザインフェスタに出店したり、ガケ書房・タコシェなどのお店で取り扱っているので
気になった方は是非。



タクシーでショートカットしたため、ちょっと時間に余裕ができて
「ここ(北白川)で余裕が出来たら、迷子行くでしょ!!」と銀閣寺前まで。

『迷子』とは、銀閣寺前を南下した場所にある有名な喫茶店『GOSPEL』の一階にある
珈琲だけの喫茶店です。アンティークの品々と、質のいい面白いものを選りすぐった古本と
話好きのマスターの山本さんがいらっしゃって、行く度に
格別に美味しい珈琲を頂きながら、目から鱗が落ちるようなお話が聞けて
自分で探しても見つけられないような面白い本を教えてもらえる小部屋なのです。

京都に行くと、迷子には必ず行きたいです。時間を作ってでも。
で時間があれば、二階のGOSPELでキノコカレーも頂きたい。超美味しいの。
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GOSPELのお庭は、薔薇が満開を迎えていて、私は今が五月ということを思い出しました。
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今回、迷子店内の写真は撮ってくるのを忘れたので、また迷子については改めて書きます。
恵文社のブログに迷子の紹介記事があったので、貼っておきます。
恵文社のお店探訪

この後は、我に返って大急ぎで京都駅へ向かい
『迷子』で譲って頂いた山本夏彦氏の本を読みつつ、新幹線でした。
(19時下北沢はギリで間に合いました。)

今回は、こんな感じの京都散歩でした。おしまい。
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by pinngercyee | 2012-06-10 23:35 | 京都
「そのうち続き書きます」と言ったまま書いていなかった大阪・京都紀行
京都~大阪旅行記 1日目京都
京都大阪旅行記 1日目大阪
京都大阪旅行記 2日目夙川・大阪
の続き3日目を書かないままに、また大阪~京都へ行ってきました。すいません。



今回は、1日目は友人の結婚式。
2日目は、1日目で花嫁だった友人を連れてユニバーサルスタジオだったので
はしょります。
ユニバーサルスタジオでは、スパイダーマンだけ乗りました。楽しかったです。
(楽しかったです♡以外に感想が書きようがない……、シュレックとか園内うろうろしていました)



3日目。
例によってホテル関西(上記過去記事参照)だったのですが、今回も幽霊は出ませんでした。
朝10時に荷物を持ってチェックアウト。
最低限の手持ち荷物以外を詰め込んだカートはコンビニから自宅へ送ります。

この日は夜に東京・下北沢で双葉双一氏のライブがあるので、サクサクと目的を済ませて
新幹線に乗らなければいけませんでした。

10:50頃、烏丸で下車して、ひたすら堺町三条のイノダへ向かって北上。
目的はイノダの『京の朝食』です。
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この世で一番美しい朝食だと思います。
朝11時までしかオーダーできないので、荷物を抱えたまま小走りで北上。
今回も、なんとかオーダーに間に合うことが出来ました。(前回もギリギリで走った記憶がある)

この日は5月の光が降り注ぐ天気のいい日で、テラスに向かった席から、外にちらつく緑陰や
木漏れ日が本当に美しくて、息を切らしながらも来て良かったな、と思いました。
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周囲のテーブルでは、ゆっくりと新聞を読む地元の人らしいおじさんたちと
談笑し合う女性たち。本を広げている大学生らしき青年たちなど、それぞれの人々が
思い思いに時間を過ごしながら、五月の光の降る場所を共有し、
それぞれに美味しい珈琲を頂く姿に、とても良い意味での喫茶店らしさを感じました。

イノダのウェイターの人たちは、以前私が京都に住んで自転車で訪れていた頃から変わらず
凛として穏やかに客席を見守っていて、とても親切でスマートです。本当に格好いい。
私も当時喫茶店で働いていたから、イノダの給仕の美しさに憧れていたことを思い出しました。

お手洗いに立つと、お手洗い前の廊下に居る鳥たちと目が合います。
彼らに会うたびに、元気そうでよかった、と思います。
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廊下の先に見えた、光の中のテラス席。
なんて美しいんだろうと思います。
美しすぎて嘘みたい。理想のテラス席の概念そのものみたい。
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イノダは、行く度に感動するのですが、今回もやっぱり感動しました。
美しい場所です。美しいという言葉が陳腐になるほど、完璧な場所です。
京都に赴かれる方はぜひ。
今は東京や札幌のデパートの中に出店していたりもしますが、(東京駅大丸店も好きですが)
やはり、機会があれば、ぜひ本店を訪れてみてほしいと思います。
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(写真に私が写りこんでいるのは気にしないでください。)



三条通りを東へ進み、御幸町三条の角にあるカフェアンデパンダンへ。
古いビルを改装した地下にあるこの場所は、京都のカフェの中でも古くからあるところで
たびたび耳にする「京都はパリに似ている」という言葉の証左になる場所ではないのかなと
勝手に思っている場所です。
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左手にあるカウンターにメニューが掲げられており、キャッシュオンで注文する形式です。

この日は、窓辺の冊子配布をお願いするために立ち寄ったのですが
京都時代、アンデパンダンには折々で訪れていたのを思い出して懐かしくなり
サングリアを一杯だけ頂くことにしました。
当時、ここで働いていた友人と、よく鴨川で夜中に落合い、朝まで話をしたりしていたのですが
「一人でお酒飲みに行くなら、アンデパンダンいい店だと思うよ。全部500円だし」と
言ってたなあとか。店員だから言ってたのかなあとか。(確かにサングリア500円でした)
当時、勤勉な学生ではなかった私は、試験の日に大学に行くのが嫌すぎて
ここで泡盛を二杯飲んで酔っ払って、勢い付けてから大学行ったりしてたなとか。。
(甘酸っぱい、ではなくただの酸っぱい思い出で申し訳ない)

ここ、地下に降りる階段と、入口の前になる場所が素敵だったことを、行って思い出しました。
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アキカウリスマキの映画に出て来そうな景色。



河原町まで出て、河原町今出川までバスに乗ります。
次の目的地は、一乗寺にある恵文社一乗寺店なのですが、そこへ行くまでに
出町柳あたりを少し歩きたくなって。

京都で、美味しい和菓子と言えば、私は出町柳の『二葉の豆餅』を推します。
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この日も平日だったのですが、この通りの行列。
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右上のが目当ての豆餅。一つ170円。
やっわらかくて、豆に程よい塩味が付いて、格別に美味しいのです。
出町柳に住んでた時期は、ここで豆餅を買って、京都御所の森の中で
落ち葉に寝そべって食べるのが、暇な休日の過ごし方でした。



二葉から鴨川方面へ信号を渡ると、川に出る手前に懐かしい景色がありました。

金魚売。私が住んでた当時からこの場所に居ました。
飼えないので、覗き込んでばっかりだったのですが。
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その隣にある、緑に沈んだような弁財天。
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その向こう側、川のほとりにある植物店。
花屋ではなく、種とか苗とかを扱っている印象。
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出町柳は、鴨川がYの字に分かれる傍らにある場所なので
ここからYの字を横切るようにして中州を渡ると、出町柳の駅に出ます。
三角州や飛び石も、鴨川の河原も大好きな場所なのですが、今回は時間がないためスルー。

長くなったので、続編に続きます。
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by pinngercyee | 2012-06-10 18:15 | 京都
先日文学フリマで発売しました『月夜』『領域』ですが
中野ブロードウェイ内タコシェ様で預かって頂けることになりました!

タコシェ

JR中野駅北口を出てサンロードを抜けた先ブロードウェイ内三階奥、右手にあるお店です。
流通に乗らない素敵なもの、面白いものがたくさん取り扱われていたり
鳩山郁子さんが展示をしたこともある場所ということもあって
以前から大好きで、中野に立ち寄ると必ず立ち寄っていたのですが
そんなお店に、拙作が置かせて頂けるのが、信じられないくらい嬉しいです。
本当に有難うございます。

中野にお立ち寄りの際は、ぜひ覗いてみてください♡
『月夜』『領域』は、各税込420円で販売して頂いています。
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