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知人のコントラバス弾きの人が参加する高田馬場管弦楽団の定期演奏会で
チャイコフスキーをやるというので見に行ってきたのです。

演目は『祝典序曲1812』

『ピアノ協奏曲第一番』

『交響曲第一番冬の日の幻想』

※参考までに動画を貼りましたが、動画のものではないです、ねんのため。

名曲喫茶で働いていたこともあり、チャイコフスキーは好きでCDを持ってたり家で聴いたりするものの
好きな曲でもオーケストラで生演奏をされるのを、そういえば私はほとんど見ていないと会場についてから
気付きました。
会場は新宿文化センター大ホール。1800人を収容するホールの9割は、開演前には埋まっていました。
「クラシックを聴きに行くときは、どのあたりに座ったらいいの」と、誘ってくれた知人に聞くと
「やっぱり一階の真ん中あたりがバランス良いんじゃない」と教えてくれたので
そしてそれに加え、私は演奏者の手元や表情が見たかったので、前よりの右手に場所を決めました。

演奏が始まる時。
徐に指揮棒を構える指揮者と、それに百人以上の団員の視線が集まる時、会場の中の時間が一瞬止まるのが見えたように思いました。
楽器を構え、視線が集まり、「ふっ」と流れた一瞬のタイミングで、第一音が迷いなく揃って放たれます。
慎ましく、でも迷いなく。
そして始まった演奏の中で、団員たちは鳥の群舞のようでした。
第一バイオリンも、第二バイオリンも、チェロもコントラバスも。それぞれ十人以上の人数が
全員同じ楽譜に沿って、ひとつの旋律を息を合わせて描きます。
そこには個性も自意識もなくて、むしろそんな凡俗なものを脱ぎ捨てた領域で、ひとつのものを描くこと。
それは一斉に飛び立った鳥が群舞する様にとても良く似ていました。
『無私』であるということの気高さと潔さ。そして描かれるひとつの音像。
普段見慣れているロックバンドのアンプとスピーカーを通したライブとは違って
ここにある音は全て、アコースティックというべきアンプラグドの音でしかないのです。
どれほどに存在感があって、絶対的であっても。
そして、大きなイメージの中にそこここで挿入される音の一つ一つが、どうやって発生しているか
オーケストラの演奏を前にすると、全ての音の源を目で確かめることができるのだということを
私は、この日、改めて知ったような気がします。

音の発生する場所を目で追うのが、本当に楽しくて、どんぴしゃりと滑り込んでくる揃った音の流れや
突然に響き渡るシンバル、視線を引くように鮮やかな音の金管、ひとつひとつの音の形がくっきり見えて
それがホールの高い天井の下で、一つに結実してイメージが情景が描かれていくさまを見ていると
とても有機的で大きな美しいものを見せられているのが感じられました。
まるで、神様が地球を見下ろして風や雨や雷や日光や、そういったものを操っているような。
プロフェッショナルな腕前の演奏家が百人以上も集って、無私になってひとつのものを志さないと
決して現出させることのできない情景というものは、存在するのだということを思いました。
CDを聴いたり、テレビでN響の演奏会を見ただけでは、絶対に気付かなかったことだと思います。

金管の音。バイオリンの群れ。シンバルに、大砲の代わりに振りかぶって鳴らされた大太鼓。
描かれる情景に、新しい音が滑り込む時、中央に立つ燕尾服を着た指揮者のおじさんは
壇上で、屈み、背伸びをし、踊るように手を伸ばし、飛び上がって空気を持ち上げていました。
そしてそれに従う百名以上のオーケストラと、その中空で描かれていく天地創造みたいな絶対的な情景。
「あー、神様もきっと、雨を降らせたり風を吹かせたりする時には、あんなふうに全身で飛び上がったりしてるんだなあ」とぼんやり思ったことを覚えています。
『1812』は特に、祝祭組曲だけあって、後半ではガランガランとチャイムが鳴り響くのですが
その神々しさは、本当に『祝福』という音に相応しいカタルシスがあって
頭が真っ白になるのが分かりました。
そう、あれは『感動』とか『カタルシス』って言っていいと思う。確信する感じ。目の前のものを。



その次に大きなグランドピアノが正面に四人がかりで運び込まれて演奏された『ピアノ協奏曲第一番』は
個人的にチャイコフスキーの中でも特に好きな曲で(理由は後述)
そして冒頭部の部分が始まった時に身震いを覚えたくらい嬉しかったのですが
正直、隣に座っていたカップルが携帯をずっといじっていて、液晶画面が光ってちらついて気が散って
「聴く気ないんだったらロビー出とけよ」と怒りに耐えていたため、演奏に集中できずあまり憶えていません。本当に悔しい。

この曲に最初に注目したのは、50年代に黄金期を迎えるMGM傑作ミュージカルの先駆の傑作『錨を上げて』の中で、この『ピアノ協奏曲第一番』の冒頭のメロディーに歌詞をつけて歌っているシーンがあって、それが、めちゃくちゃハマって素晴らしかったところからでした。

「Tonight we love」の後がうろ覚えなのがものすごい悔しいのですけど
この曲に、甘美極まる言葉が乗ることで、すてきーーーーと感動してCDを探した曲なのです。
詳しくは映画を見てください。ツタヤにあるので。
(蛇足を承知で言えば、この映画、グランドピアノ20台でのハンガリア狂詩曲やってたり
ジーンケリーがアニメーション合成でトムとジェリーと歌い踊ったり、いろいろと最高なのです。)



三曲目の『冬の日の幻想』は
頬を冷たくさせる澄んだ空気の中で、音もなく光がプリズムを滲ませるような、そんな景色を思いました。
美しいですよね。
それにしてもやっぱり圧巻でした。百人に及ぶ人数が、ひとつの幻を描くということが。
それぞれに一人ずつが、楽器を持ってソロを弾けるような演奏者であるのに、それらが束になって
大きな大きな音のまとまりを描くということを、改めて思いました。



終演後、誘ってくださったコントラバス弾きの知人とお酒を飲んできたのですが、その時に
「何十人も同じ楽譜を演奏することで、自分がここにいる必要を確かめられなくなることはあるか」
ということを率直に問うてみました。

「私はきっと、何十分の一だと思ってしまうと、自分がここにいる必要を見い出せなくなってしまう」
というと、彼は
「ああ、そういう人も居るね。そういう人は辞めていく」
と答えました。
「続ける人は、どう思って続けているの」
とさらに問うと、彼はグラスのワインを一口含んで少し考えた後
「どんなに上手な演奏者だって、二時間に及ぶような舞台で、一度もミスをしないことなんてありえない。一瞬音を弾き損ねてしまったり、集中が不意に途切れる事だってある。そんな時に、自分と同じ楽譜を弾いている人が十人いれば、そんな自分のミスはかき消してもらえるものだ。その反対に、ほかの人が弾けていない部分を、自分が弾いていることでカバー出来ている部分もある。それに八人で弾いた音と、十人で弾いた音では、絶対に違うんだよ。音の厚みも、存在感も、説得力も。聞いてすぐに分かること。それをなすために自分は必要なのだと、僕は思っているけどね」
と答えました。
「……ああ」
予想していなかった返しに納得していると、彼は私の反応を確かめた後に言葉を続けました。
「それにね。一人ではあの大きなものを描くことはできないもの。あの大きなものを描くために、自分がいてその一部を成しているということ。本当にいい演奏が出来ているときは、勝手に弾かされているような状態になるんだよ。手が勝手に動く。考えるすきもなく、手が勝手に動いて、先の方にある目的地へ並んで飛ぶ群れのような音と一体になって飛んでいくような」
そこまで一息に喋ると彼は、再度グラスからワインを口に含みました。
「その感覚が特別な経験で、それを目指して演奏を続けているのかもしれないね」
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by pinngercyee | 2014-02-01 14:23 | 音楽


自分にないものへの劣等感の裏返しとしての『少女』という概念を愛した経験はあるけれど
こんな目線で、『女の子たち』を、見たのは初めてでした。

恋人にしか見せないだろう愛おしさをこめた表情で投げキッスをしまくる不特定多数の女の子たち。
『女の子』が『女の子』であるだけで、それがどれだけ愛おしい存在なのかっていうことが
このMVを見ていると、強く伝わってきます。
その『女の子』という概念への(ひとりの男の子としての目線からの)憧れ、愛が
峯田くんの抱く純度の核なんだろうなあと感じました。

『自分が自分であること』の理由や必要なんて全部すっとばしたところで
女の子が、それぞれに生きる女の子はそれぞれ自分の日々を「そんな良いもんじゃない」と思っていても、こんな目線で愛されて憧れられていることを知って、それぞれの日々を生きていることを誇りに思ったらいいなあと、すごい曲にすごいビデオ作ったなあ峯田くん、と思いました。

投げキッスをしまくる女の子たちに重ねられた
「I want youだぜ I need youだぜ I love you baby」
の真理ともいうべき相応しさ。全部まとめて肯定してる。
こんな人数詰め込まれてるのに、女の子たちの投げキッスは誰ひとりとして同じ人はいないの。
全員違って全員可愛い。全員愛おしい。
あらゆる形の女の子が含められていて、それはここに映らない一人ずつまで全部含んだ概念で。
照れながらでも愛おしさを込めた投げキッスができる限り、どんな人でも女の子なんです。

「僕の部屋は僕を守るけど、僕をひとりぼっちにもする」
「柔らかい地獄って、天国にも似てるだろ」
峯田くんが今まで吐いてきた言葉が、この一曲に集大成として結晶していると思いました。
すごい曲作ったなあ。峯田くん。すごいビデオ作ったなあ。峯田くん。

ドニラヴァンの名前が唐突に歌の中に出てきたのは
ドニラヴァンはカラックスの映画の中で、女の子に対する憧れや愛を形にしたけれど
峯田くんはそれが羨ましかったし自分もやりたかったのかもしれないなと思いました。



追記
先日の大晦日の夜は、これ↓を延々聴いていました。

大晦日は、世界の終わりの予行演習なんだと思います。

年始のご挨拶がまだでした。
今年もぼちぼち頑張ります。小説も記事も日常も、怠けないように頑張ります。
私の書いた小さなものが、ささやかにでも、どこか誰かに届きますように。
頑張るので、見守ってください。宜しくお願いします。
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by pinngercyee | 2014-01-19 17:01 | 音楽
ゆきめちゃんとカラオケに行ってきたら、いろんな歌を思い出したので
そしてこんな時間だけど眠くないので、貼ろうと思います。











カラオケ行くと、年齢ばれますよね。
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by pinngercyee | 2013-12-06 02:38 | 音楽
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LIPHLICHのニューアルバム『フルコースは逆さから』が10月2日に発売されました。
最近の彼らの勢いが本当に凄くて、このCDも下記YOUTUBEの試聴を聴いただけで眩暈がするほどで
この発売を、本当に楽しみにしていたのですが、いざ現物を買って来て聴いてみると
内心で上がりまくっていた期待のハードルを軽く壊すほどに、「やっばい」一枚で
文字通り、気が遠くなりました。

と言ってみても、何も伝わらないのは百も承知なので、恒例の
すごいなーと思ったところや曲の輪郭をざっくり紹介してみようと思います。



冒頭の『マズロウマンション』『古代に捧ぐ』のライブ映像は
アルバム『フルコースは逆さから』A/B2種類あるうちのAタイプ、DVD付きに収録されている映像です。
BタイプはCDのみ。『古代に捧ぐ』はBタイプには収録されていませんのでご注意ください。


1. 街へ出よう(Instrumental)

導入部にあたるインストゥルメンタル。
短音で重ねられるアコーディオンとかちゃかちゃと食器の鳴る音
包丁と俎板で食材をリズミカルに刻む音、人々のざわめき、ベルの音。
音像で描かれる情景は、人々の集うレストランの風景であるように思います。

2. 飽聴のデリカテッセン

1曲目で描かれるレストランの風景から、急展開して突入する痛快すぎる怒涛のリード曲。
何て軽快で小気味良くて皮肉めいて洒脱なんだろうと、一聴した時から驚いた記憶があります。
掲題の「飽聴のデリカテッセン」は、音楽で言うところの「飽食」と重ねられているとのこと。
「飽聴のデリカテッセン 飽調のレトロエッセンス 予期できる君の範疇 もはや千切りにして」
サビ部分のこのフレーズの『飽聴』と『飽調』は字が違うのですね。今気付きました。
何て人の事を食った歌だろう、と思う半面で、微塵も不快に思わないのは、その意図をひっくるめて
こんな洒脱でチャーミングで強烈な曲に仕上げてしまう彼らの自信と音楽の説得力によるものだと思います。

確かに「晩御飯に何が食べたい?」という話になった時に
「何でもいいけど美味しいもの」と答えると怒られるのに
音楽には具体的な期待をせずに「良い音楽が聴きたい」と探す努力もせずに怠惰な姿勢をとっても
それが一般的なことになってるなー、とか思いました。そんなことはいいのです。
聴きどころは、どこだろう。この洒脱な軽妙さを支えているのは
全パートがすっごい頑張っているということは分かるのですが、何分私に音楽を解説する語彙が乏しく
上手く「ここ!」と言えないのがもどかしいので、ちょっと気になった人は、いちいち格好いいので
ギターもベースもドラムも、重ねられている凝った挿入音のひとつひとつにも焦点を当てて
聴くということを試してみても楽しい歌だと思います。私はその前に楽しくなって踊ってしまいますが!

途中で差し挟まれて、ふと耳に引っかかるフレーズについてちょっと加筆。
「求めるヤミー」はYUMMY=「美味!」
「パッとミミクリー」はmimic(真似る)の名詞形mimicryということだそうです。
これは解説聞かなきゃ分からなかったので、書いとかなきゃと。

3. ヘンピッグ

烈しく連ねられるドラムに牽引されて突入するのは、縦に強く速い強烈な一曲。
これは最早、敢えて恐れずに言ってしまえば、『メタル曲』に分類されると思います。
むしろ、彼らなりの『メタル』を正面から衒わずやろうという意図すら感じます。
「楽器が上手じゃなきゃできない音楽ジャンルがメタル」だという線引きがありますが
それに足る実力を十分に彼らが既に帯びているということを、力強く示す意図もあるのかもしれません。

曲も演奏の熟練度も十分に、紛うことなく『メタル』だと言ってしまうに足る一曲なのですが
『メタル』と言うには、なんてアンニュイで繊細なボーカルが乗せられた可憐な一曲なのだろうと
逆に驚いてしまう心持ちがします。違和感ではなく、この曲に乗ることで際立つ久我さんの表現力。
LIPHLICH曲の中で、初めて挿入音の同期を用いず、演奏音だけで構成されたというこの曲は
ギターも、ベースも、ドラムも、輪郭を見失わせることなく色濃い音で調和して怒涛の一曲を描きます。
ライブではヘドバン曲なのですが、私はヘドバンせずに彼らの指元を注視したい欲求に駆られます。
『ヘンピッグ』の意味するところは『雌豚』らしく、怒りをぶつけて汚い部分を見せるような曲という話がありましたが
私はこの歌、この曲が愛おしくてたまりません。大好きです。
同期がないだけで、これだけ音の輪郭がはっきりするの。と驚いた曲でもあります。

雌豚を意味する『ヘンピッグ』を題に掲げ、爆走とでもいうような疾走感を帯びて前へ前へ進む曲で
「Follow me Hen Pig 餌はミニキャロット」と雌豚たちを率いる男性は己を「吾輩」と呼びます。
何ていう優雅で無敵なアジテーター。餌にミニキャロットを選ぶセンスも可愛らしい。
そして聴いていて抜群に楽しいの。夢中で疾走する集団に紛れたみたいな無敵な感じを覚えます。

上で「メタル」って言いまくりましたが、これってパンクなんですか?
私、パンクを通ってないので自信持って言えないというか、メタルだと感じたのですけど
「これはパンクだよ、メタルじゃないよ」って思った方、教えてください。すいません。

☆★追記 20131102
新井さんに確認したところ「メタルだね」とのことでした。良かった!!合ってた!!

4. 慰めにBET

正統派ジャズに殴り込みをかけるような一曲。これまた正面から行きましたね。本当に驚きました。
よくあるジャズ風や、ジャズアレンジではなく、これは、正統派なジャズです。

水が滴るような湿度のある軽快なピアノの音が鮮やかに踊り、めちゃくちゃ効いている傍らで
軽く刻まれ続ける抑制のあるシンバルを叩く音が愛おしくて好きでなりません。
スタスタと叩かれるドラムに絡むように低く歌い続けるベースのゆらゆらとした陰影と
差し挟まれる色気のある流し目のようなギターの表情。
そしてピアノソロから続くギターソロの存在感。シーン転換の息を飲むような緊張感も凄い。

歌詞の話をすると、「慰めにBET」の後に続くのは「愛しいヘビ心で」というので驚きました。
この歌の主役は「一瞬のスポットライトを求めて脇役でもステージへ上がるバーレスクの女優」です。
『Lost Icon's Price』の『夢見る星屑』や『ミズルミナス』で描かれた女優性に通じるものを感じました。

「かなわないと認めず 白旗は上げず足上げ 右へ左へ今日も殿方焦らす真夜中の蜜」
「主役はあの子でもいいから、嗚呼、今夜も赴く 雨のステージ」
「報酬は1秒のスポット それだけでいいから I BET ME. I BET ME」

この抜粋部分だけでも、この歌が抱く脇役女優の抱く儚い希望と戦いの息遣いが見えるようです。
凄いなあ久我さん。何がどこから憑依して、こんな詞が書けるのか、全く分かりません。

5. VESSEL-Album Ver.-

完売した1stシングル『6degree's separation』のリード曲『VESSEL』が
アレンジを大幅に変えて収録されました。
「宛がう愛が 蜂の巣のような君という容れ物から 流れていくのを防ぐにはこの手じゃ足りない」
「時の流れとともに1つ1つ増えていった洞穴 埋めるのは時じゃなく 理想の中の不純物かもしれない」
「宛がう愛に たまに混じった嘘と欲と不安が少し詰まって ほらまた1つふさがったね」
という部分で、無力で一面的な愛情を歌う凄くシビアな歌だという印象があったのですが
先日の大阪のライブの終盤で、この歌が歌われる前に
「人には穴が開いているから、どんなに満ちても思いや記憶が流れ出してしまうものだけれど
 流れ出してしまうものだからこそ、溢れないで済むのだし、また希望を持つことが出来る」と
いう逆説的な言葉が差し挟まれて、目が醒めるような思いがしました。
この歌を書いた時点では、きっと上記のポジティブな意味ではなく、文字通りのネガティブな無力感を
軸にしていたのではないかなと思うのですが、その日に聴いたこの曲は、この言葉の通りに
人が穴だらけであることを責めるのではなく、だからこそ注げば内側が澱まずに居られるのだという
強くポジティブな一曲として聴くことが出来ました。それって凄いことだと思うのです。
この曲、ライブではサビで皆こぶしを振り上げるのですが、私、聴くのが精いっぱいで毎回できません。
固まって、演奏を見守るので精いっぱい。
メロディーラインを背後から支え歌い続けるベースと、嘆きを帯びて倫理を刻むギターの描線。
そして決定的なところで叩き込まれるドラムの絶対性にそれぞれ括目する価値があると思います。
以前の曲紹介の中では「バンドとして系譜的なアプローチ(言い換えればスタンダード)」と書きましたが
今回、この音源に収められた形を聴く限り、勿論良い意味で輪郭は残しつつも
前回滲んでいたスタンダードな王道さは色を潜め、「一般的なバンドらしい」曲ではなく
「LIPHLICHらしい」曲に仕上がっていると感じました。
スタンダードな構成を崩していないと言ったって、他のバンドはこれ真似できないと思う。

あと、試聴動画の中にもあるフレーズなのですが
「言葉は君にとってシガーの先につけた火で ほんの少し時がたてば消えて後は灰になるだけだから」
という一文は、私、生きている限り忘れないように持ち歩こうと思う特別な一文です。
この言葉を憶えている限り、どんなに理不尽な状況でも、相手を責めずに居られると思う。

6. 大計画

ドゥーーーーンとした重さと暗さのある映画のような一曲。
「マッドサイエンティスト」という解説を聞いて、「ああ!」と納得しました。
都会の夜闇の裏通りの地下で暮らす男が、狂った愛で恋人の脳を水槽に取り出して愛する話かなと思いました。
この曲に関しては、その夜闇の中で人知れず行われる狂気の愛の着想の情景を、音楽の力を集結して
描いているように感じました。
ぶっちゃけた話をすると、個人的にはエヴァの綾波レイが沢山水槽で泳いでいるシーンと
1927年の無声映画『メトロポリス』の労働者の街の地下に住む科学者ロトワングが
人々に慕われる少女マリアを攫ってアンドロイドとすり替えて監禁するシーンと
大越孝太郎の漫画を諸々と思い出しました。

という印象でライブで見て、この曲の描く赤く甘い幻想に息を飲みました。
今、ライブで一番美しい情景が見られる歌かもしれない。
この主人公の科学者が憑依した久我さんが赤いライトの下で歌う
「おはよう 気分はどうだい 生憎 珈琲はないよ」という愛情に満ちたフレーズが美しくやっばいです。
見てみたいと思った人、見れるうちに見たほうがいいです。

7. マズロウマンション

マズロウマンションです。知ってる歌だと油断して聴いていたら足元を掬われました。
先日小説書いてる間、何百回と聴いていたのですが、未だに飽きていないことに我ながら驚きます。

8. 月を食べたらおやすみよ-Album Ver.-

完売した2ndシングル『ミズルミナス』と対になる幻の一日限定販売された曲です。
『ミズルミナス』とこの曲『月を食べたらおやすみよ』は別ブログの方で記事を書いたので
内容に関してはそっちをご参照ください。
ギターソロに入る一音目のスカーンと抜ける音の強さと透明感に吹きました。(ごめんなさい)
すっごい美しいです。ギターの引く旋律の線を月明かりの下で手探りで手繰っている感触。
重ねられているアコースティックギターのさざめきと、水面でしじまを描くように存在するベース、
鼓動を代行し続けるドラムの端正さも注視するに値すると思います。
歌の面で言えば、久我さんの声に切実さと説得力が増して、物語が一層の必然性を帯びた気がします。

「どうせこの後また会えるのだし 先に眠ってやすらかに君よ」
「怖がることも 今となっては何もないんだよ」
「いただきましょう 愛した全てを いただきましょう 永遠のスープを」
「君を食べたらおやすみ すぐに行くよ」

この自分勝手な男性の一面的な愛が、歌の説得力如何で、清らかな愛情にしか聴こえないのが凄い。
事実、この曲は、男性側からルミナス嬢へ捧ぐ澄んだ愛情を描く、名バラードという位置にあります。
内容と印象の乖離を、全く違和感なく表現力と説得力という曲と歌の力で捻じ伏せている曲だと思います。

9. Fiddle-De-Dee

一転して軽妙な打ち込み曲が幕を開けます。
「英語にしか聞こえないのに、歌詞カードを見ると日本語にしか聴こえなくなる久我語」と噂の一曲です。
そんなことないだろう、と思って歌詞カードを開いて聴いて、吹きました。凄いな!!笑
初聴の際は、笑いが止まらなくなって、ひとしきり笑いました。
こんな曲も詞も書いちゃうところが、やっばいです。

因みに試聴の冒頭部分は「上品なプレイはもう飽き過ぎた 無礼なくらい辱めていくまで行こう」です。
「何歌ってるのか聞き取れない」という一般的にネガティブな反応を逆転させた発想に脱帽。

試聴で聴いていた時点では輪郭を掴みきれておらず、そこまでピンと来ていなかったのですが
CDで一曲を通して聴き、ライブで見た時に、炸裂する痛快さに脳味噌はじける位狂喜しました。
渉さんの曲は、言葉に置き換えられない体内からの感情的な狂喜や高揚があるように思います。
ライブで見る時の注目点は、久我さんの不思議なダンスでしょうか。膝から崩れるかと思った。
素晴らしいキラーチューンです。と纏めておきます。
この歌詞を知りたくてCDを買っちゃうのもありだと思いますよ(^v^)

fiddle-de-deeの意味は英語の間投詞の「バカバカしい!」って言葉なのですよね。
私、これぐぐるまで知らなかったのですけど、久我さんの用いる英語は
「ちゃんと英語を勉強した人の英語」というところで、安心感があって個人的にとても好きです。
「It's a good day to do」とかも高校時代に例文で覚えたもん。懐かしい。

10. ミズルミナス-Album Ver.-

内容としては、上記『月を食べたらおやすみよ』のところで貼った記事の通り。
音に関して、ひとつひとつの音の輪郭が際立ったように思います。
「以前のは日本人ぽかったルミナスさんが、イタリア人みたいになった」というコメントの通り
背景にある音が、リズムだけではなく湿度を帯びてラテンの夕暮れのような情景を描いています。
これも折々で挿入されるギターの音の存在感と、ソロの密度の高さがすっばらしいです。
乾いた音で叩かれるドラムの示唆や、映画のシーンのように展開していく牽引力が凄いと思います。
前回の録音に比べ、全体的に一つ一つの音の輪郭が丸くなったような気がします。
上で「ラテンの夕暮れ」と形容しましたが、今回のルミナスさんは歌の切実さが増したことで
危うさと焦りのような覚悟が見える気がしました。
夕暮れを過ぎて夜が来てしまったら、このルミナスさんは恋人を殺す気なんじゃないかしら。
歌詞も曲も前回と変わらず、ただ挿入される音のアレンジが変わっただけで、この印象の違いに
改めて驚きました。

11. ジョン&ジェーン・ドゥ
イントロからベースがくっそ格好いいです。私この曲一番好きかもしれません。
試聴動画に無いのが残念。
私、普段、ライブは上手で見るのですが、この曲を弾くベースの進藤さんの指先を見たい一心で
こないだの大阪で初めて下手に行きましたもの。
情景としては、曲からも詞からも、ハードボイルドなアメリカの昔の犯罪映画の匂いがします。
五番街に住むジョンとジェーンの夫妻(兄妹かもしれない)は、二人きりで暮らしており
空のない街の下で共犯関係であるように思います。
「彼がジャムをぶちまけ」「彼女が秘め事にする」って殺人の暗喩にしか思えないです。
そしてこの二人は、二人揃っていないと生きられないんだなということが、ひしひしと感じられます。
こんな映画みたいな情景を、説得力を持って、一曲に仕立て上げるのは、曲と演奏の力に他なりません。
凄いなあ。表現力の意味でLIPHLICHが凄いって言う時に、私は選ぶのこの曲かもしれません。

12. MANIC PIXIE
マズロウマンションに続き、「知ってる歌だー」と油断して聴いたら、度胆を抜かれました。
この曲は3月の発売以来、ライブの中で最も強烈に会場内を真っ白の忘我に塗り込める力を持って
ライブの毎にその強さを強烈に増してきたのですが
その時に見る、理性をかなぐり捨てる瞬間の忘我を、高揚感を、音の生々しさを増して
ライブ音源でもない録音の中に取り込んできた感触がします。
そんなことが出来るの?!と絶句しました。
この録音を聴いていると、ライブの終盤でヘドバンに埋め尽くされるフロアの情景が目に浮かんで
言葉の通りに鳥肌が立ちました。

曲の内容として「自分の目で見て、信じたものへ迷いなくひた走る」ことの疾走感を軸に持つこの曲が
こんなふうに強さを得た時の、何も怖くないモードの無敵さを帯びた実感は
実際にライブで飲み込まれるか、このCDに収録された録音を聴かなければ伝わらないと思います。
すっごい仕事をしましたね、と喝采を送りたくなった一曲です。
現在のLIPHLICHの強さを示せる一曲。変なとこで変な音を入れて遊ぶ余裕すらも見てとれます。

13. 主人の楽園
試聴動画の4:20あたりから。
「きれいなものも きたないものも どちらだって もう見たくはない」という一人きりの人が
「必要とし、必要とされる、そんな日がいつか来るだろうか」という思いを抱いている曲です。
綺麗な曲ではあるけれど、正直に言って、CDで聴いた限りでは、それほど感動はしませんでした。

その分、ライブで見た時の、あまりに強く清浄な情景に驚き、息を飲みました。
一つの曲をやる時に、4人が4人、全員がそれぞれに神がかる瞬間を
その、息を飲む神々しさのままで一曲が演奏されきってしまうところを、私は見ました。
それって、すごいことだと思うのです。それがもし事実だと実感したとしたら、凄いでしょう?
凄かったんです。そして、その奇跡みたいな演奏が更に強さを増していくことは火を見るより確かで。
それを実感として得た時に、心臓持って行かれるかと思いました。

詞を読む限り、内容には孤独と諦念しか描かれていないというのに
曲の持つ必然性を帯びた途端に清らかな祈りが中心に現れて
崇高さを切実に信じる人の強さを見ることが出来るのが、一番凄いなあと思った点かもしれません。



今回のCDに関して、全体を通して感じたことは、とんでもなく「やっばい一枚」であるということ。
語彙が見失われてしまうほど、言ってしまえば「百年残る価値がある」と言っていい一枚です。

あともう一つ感じたのは、最近のマズロウマンションに代表される物語面の強い曲に対して
今回のCDに収録された曲は概して、言葉は最低限の抽象に近い緩さを残していて
音の面で、勝負をかけに来ている感じがしました。
音の輪郭の際立ち具合が、ひとつひとつやばい鮮やかさです。
言葉が意味を持ちすぎると、音が背景を描くためのものとして二義的になってしまう部分を引いて
音そのものの存在を中心に据えて、意味を持たせるために、言葉を引かせた印象があります。
だから久我さん自らが小説を書く必要が出てきたのかなと、このCDを聴いてみて初めて納得しました。

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こっちがDVD付のタイプA。4200円。
8月2日のリキッドルームワンマンのライブDVDががっつり付いています。
それでこの値段は安いと思うの。おすすめはこちら。


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こっちがCD単品のタイプB。2625円。
13曲入りのニューリリースのアルバムとして、明らかに安いと思います。
CD収録曲はAと同じ。





もしこの記事を見て、ちょっとでも気になるところのあった人は(それが懐疑的な気持ちでも)
現在彼らはこのCDを引っ提げて初のワンマンツアー中なので、行ってみるといいです。
SURREAL FOOL FULL COURSE TOUR
10月18日福岡DRUM SON
10月20日岡山IMAGE
11月8日新宿LOFT
というより、この週末、名古屋・大阪と見てきたのですが、本当に本当に良かったので
残りのワンマンツアー日程に間に合うように記事書かなきゃ、と思って帰宅当日の今日
書いているという状況なのです。今。

誰かの参考になれたらいいなあ。本当に個人的な感想で恐縮ですが。
このバンドを、こんな小さな会場で見られるのは、今だけだと思いますよ。


☆★追記20131101
YOUTUBEに上がってたので引用しまくってみました。
後半三曲あがってなかったので、聴きたい人は買うといいんです。
というか、見て貰ったら私が書いてる「やばい」のが十分伝わると思うのですけど
こんなのただで聴いちゃだめです。貼っておいて言うなって感じですけど。
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by pinngercyee | 2013-10-08 00:31 | 音楽
先日のLIPHLICHリキッドルームワンマンのアフターパーティーで
久我さんが吉井和哉のCALL MEを歌うということがあって
それが、震えるくらい素晴らしかったのです。
まさかカラオケ聴いてこれだけ感動するって予想すらしてないっていうくらい。
http://www.youtube.com/watch?v=6RGiRGyJa34
埋め込みできなかったので、リンクで失礼します。
「吉井さん格好いいので、みんな、これを機に聴いてください」って言葉に心底同意。



リクエストを受け付けるっていう段で、「イエモン」って叫んでみたのだけど
「本当にイエローモンキー歌っていてくれたとしたら、何が一番聴きたかったかなー」と考えながら
ぼんやりとYOUTUBEを見ていると、頭の中がイエローモンキー祭りになってきたので
恒例通りこちらに貼らせて頂きます。
(リキッド公演自体の感想は、まだ全然記憶が整理できてないのでまた改めて。素晴らしかったです)

LOVERS ON BACKSTREET

いろいろ見ていろいろ考えたけど、やっぱこれかなあと。久我さんの声で聴いてみたいのは。
「貴方が醜い豚でもいい 困ることなど何もない」ってところで聞く度にぐっときます。

WELCOME TO MY DOGHOUSE

あーもうこれも死ぬほど好きです。好き過ぎて勢い余って長い小説一本書きました。
『楽園』ってタイトルで、ロックスターが少女たちを飼う話。文藝一次通りました。てへ。
それにしても格好ええ。。(;;)

ゴージャス

「ラメ入りの紅茶飲んで僕たちはゴージャス」!!!(言葉にならない)
これほど格好いい軽薄さってないと思います。

GIRLIE

イエローモンキーで個人的に一番回数聴いてる曲。
この曲の、暗さと重さと絶望とエロさと愛おしさを愛してる!!!
「おかしい娘」の一言の含むものといったら。「最高の瞬間だよガーリー!!」

Chelsea Girl

やばいでしょうこれ、格好良すぎるでしょう。

Subjective Late show

かっこえええ

フリージアの少年

前にも貼った動画だけど、好きなのでまた貼ります。
「もしもあなたに今夜僕が釘付けで、百年の恋が生まれるかもね」うっおおお!!
あーこれ、聴いてみたかったなあああああ!!

真珠色の革命時代

これまた貼ったことある気がするけど、貼らずに居られないので貼ります。

あと、O.K.とかメロメとかMerry X'masとか死ぬほど好きなのですが、YOUTUBEになかった(;;)
イエローモンキーといいつつ、死ぬほど偏ったラインナップですいません。
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by pinngercyee | 2013-08-04 20:46 | 音楽


LIPHLICHの新譜『マズロウマンション』が出ました。
マズローの欲求段階説を題材にした曲を作ってるという話をしていたのが四月、
五月のライブで新曲のタイトルが『マズロウマンション』だと発表になって
六月頭に一部だけの試聴動画が上がって、(必死に歌詞を聴きとって世界を推測してみるも全く見えず)
六月の下旬にライブで初めてお披露目されて、(私は行き逃した勢い余って名古屋まで見に行きました)
そしてあれよあれよといううちに、ついに先日リリースされて、やっと全景を見ることが出来て
歌詞を読んで、今まで必死に試聴動画を見ていただけでは見えていなかった部分の情報量の多さに
本当に仰け反りました。

何これ、収録された三曲が表題『マズロウマンション』の中での一連のお話になっている、ということは聞いていたにしても
この世界の深さと情報量は、下手な本の一冊や映画の一本など楽に凌駕していると思います。

歌詞を抜粋して紹介しようにも、抜粋しない場所が見つからないから全文載せなきゃいけなくなる。
これは、歌詞の形を借りた純度の高い小説です。
無駄な言葉が一切ないから、核になる必要最小限の言葉を用いて、音楽を背景に纏いながら
ある意味、小説や映画がやることよりも色濃く匂い立ちながら『マズロウマンション』という作品が
既存の概念に一切阿ることなく凛と自立しているということになると思います。

読むまで全景の見えなかった歌詞の情報量が多いと書きましたが、その内容の伝わりやすさにも括目。
一度読んだら情景が浮かんで、二度目に聴く時は歌詞を全て聴き取れるようになります。
(歌詞を読むまで正しい詞が把握できなかったのは、ひとえに私の耳が悪いのだと反省しました)
これだけの情報量を抱えながらも、下手な解説文って書くだけ野暮なくらい
誰が読んでも理解が十分に及ぶ言葉で書かれていることも度胆を抜かれます。



なので、これはCDを手に入れた人には必要のない解説だと思って読んで下さい。
正しい歌詞を読む前の私、試聴を聴いただけで、世界の全景が見えなくてもどかしく思っていた自分に宛てて
全景を見ることが出来た今の私から、気付いたことを書き留めておこうと思います。



上記で少し触れましたが、掲題の『マズロウマンション』は
「自己実現理論(じこじつげんりろん)とは、アメリカ合衆国の心理学者・アブラハム・マズローが『人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである』と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。また、これは、『マズローの欲求段階説』とも称される。」《Wikipediaより引用》
を踏まえ、それを五階建ての洋館に準えた世界のことを指しています。

1.生理的欲求(Physiological needs)
2.安全の欲求(Safety needs)
3.所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
4.承認(尊重)の欲求(Esteem)
5.自己実現の欲求(Self-actualization)《Wikipediaより引用》


に従い、それぞれの階にはそれぞれの欲求を満たすことが出来ず飢えている人々が暮らしています。
内容に関しては、Wikipediaを全文コピペしなきゃいけないくなるので、直接ざっくりお願いします。

首がない灰色の管理人が話す
『ようこそこの世の楽園 マズロウマンションへ。
4階が黄色の貴方様のお部屋、まずはここでの決まりを覚えて頂きましょう』

マズロウマンションへ入居する『私』が案内されたのは「黄色の四階」でした。

ここで管理人から示される「ここでの決まり」は
1.上の住人に逆らうな
2.隣人とはつかず離れず
3.下の住人に関わるな
4.よき日々を

というものですが、曲の中折々で、これ以外にも「ここでの決まり」らしき文言は登場します。
1.上の飛び降りを受け止めろ
2.隣には花束を贈れ
3.下の眼差しを忘れるな
4.よき日々を

冒頭の入居時に知るこれらに続き、歌詞が二番に移り変わる場所で差し挟まれるものは
マズロウマンションへ入居した後に初めて知る詳細なものになっています。
1.物を投げても自分は落ちるな
2.エレベータは降りる時だけ使え
3.拾う時1階の目は見るな
4.煙に巻け

一聴しただけではピンとこないこれらの示唆は、後に続く部分で意味が明かされます。

マズロウの全ての人に当てはまる欲求段階説を下敷きにしているこの洋館は
この世界で現実を生きる全ての人が入居者とも言える建物だということになります。
それぞれの欲求段階で住む場所が決まるこの建物の中、上記の「ここでの決まり」は
私たちが生きる現実の中での暗黙の決まりごとになっているのかもしれません。

3階の女の子 ウサギを投げ捨てた この高さじゃ致命傷にならないこと知ってる
5階の芸術家 ピアノを投げ捨てた 下敷きになったマッチ売りのこと気付かない


欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
ここじゃ叶えた欲の分 下で誰かが終わる

この部分の端的な例として明示された(愛を求める)女の子と(自己実現を求める)芸術家は
それぞれに自分の身を投げるのではなく、意識的か無意識的にかは分かりませんが
「決まり」に従って自分の身代わりを窓の外へ放り投げます。

欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
ここじゃ忘れた欲の分 上で誰かが笑う


『そうそう、言い忘れていたことがございました』
『もし退去なさる際は、必ず私めにお申し付けください。管理人室は6階にございます。』


欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
もしも出て行きたいのなら 管理人に会いに行け
欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
もしも出て行けないのなら 人間を止めること




もう追記すべきことは何もありません。
薄暗く愉快に進行する音楽を背景に存在するマズロウマンションの全景が、掲題曲で描かれています。

このCDに含まれる二曲目『Room 612』では「首がない灰色の管理人」のことが
三曲目『愛は死なずに3度落ちる』では、「三階の女の子に放り投げられたウサギ」のことが
描かれています。


収録されている2曲目『Room 612』は上記試聴動画の1:14あたりから。

人間辞めたリリーが住んでる部屋 エレベータが行くのは5階までで
1.2.3.4.5 where is 6th floor?
リリーに遭えるのは最初だけで 部屋へ招かれても誰も行けない
1.2.3.4.5 where is 6th floor?


1曲目『マズロウマンション』で差し挟まれる6階に住む管理人ことリリーは
「退去なさる際は必ず私めにお申し付けください、管理人室は6階にございます」と言いますが
いざ、リリーに会いに行こうとしても、それがままならないことであることが冒頭で示されます。

上記Wikipedia内でも示されているように、5階建の欲求の段階から逸脱することが
すなわち6段階目、6階に住むこと=人間であることを辞めた管理人リリーであることも、
そして、欲求を逸脱することが常人にはほぼ叶わないものであるということも
常人が6階を訪れようとしても見つからないということに関係あるのかしらとか思いました。
下りの時にしか使えないというエレベータ(昇るのは自力でないと昇れない)も
この件を指し示す一つのヒントなのかもしれません。

餌はどこ 家はどこ 人はどこ ここは

欲が満ちたら 灰色リリーをお迎えに
傷が癒えたら 首なしリリーをお迎えに

どこにいるの どこにいるの リリー どこにあるの どこにあるの リリー
どこにいるの どこにいるの リリー どこにあるの どこにあるの Room612


このマズロウマンション(=人の暮らす社会の縮図)を退去するということは
退去する人が人間であることを止めることであることは、1曲目の最後で明示されますが
リリーの元を訪れる人間が、人間を辞める(=死ぬ)覚悟があるのかどうかは示されません。
「欲が満ちたら」「傷が癒えたら」人々はこのマズロウマンションを退去しようと思うのかもしれませんが
その時に、彼らは自身がリリーに申し付けることが可能だったとして、彼女はどのような役割を果たすのでしょう?

話しが少しずれますが、欲求段階(フロア)が高くなるに従い、飛び降りた時に死ぬ確率が高くなり
5階の芸術家は、1階の畜生どもよりも飛び降りによる自死を選択しやすい状況にあるということ
そしてそれに関して「物を投げても自分は落ちるな」という規則があることで
リリーは入居者の一方的な退去を禁じているということに気付きます。

そうなると、退去(=人間を辞める=死を選ぶ)段階で、リリーの果たす役割は
平たく言うと、死神のようなものなのかな、と思いました。灰色で首がないっていうし。
だから「リリーに遭う」のは「会う」ではなく「遭う」と書いているんだなとか。

神様になれなかったリリーの事 悪いのは人間だけど気にしない
人間に戻れない  リリーの事 悪いのは神様だけど気にしない
友達を助けても 神様を信じても 在る意味を知ってしまった彼女の事は


人間と神様の中間にちょうど位置し、「欲が満ちたら」「傷が癒えたら」お迎えに来て
「愛を知ったら」「夢を知ったら」帰る(=迎えに行くのを止める=生きさせる)リリーは
やはり退去(=死)を司る存在であるものであるように思います。

それにしても1曲目『マズロウマンション』の中で話す管理人が女性だとは思わなかったし
何度聞いても聴き取れない歌詞が「リリー」と人名を歌っているとは夢にも思いませんでした。
「どこにあるの どこにあるの リリー」も必死に聴き取った段階では
「Coming down Coming down With me」だとてっきり思い込んでいました。(100%の余談)

「どこにあるの」と歌っていると知ってからは、「どこにあるの」としか聴こえなくなるのが
個人的に、すごい衝撃でした。



上記試聴動画2:25あたりから3曲目『愛は死なずに3度落ちる』です。

ベランダで眠る兎 さみしいのちくもり あの人の言いつけであの子の身代わりになる
時々おかしくなる あの子の目がまるで この私の目みたいに赤く染まった時

代わりにその致命傷 引き受けるのが私
あの子は知らないけど それでいい

貴方の
涙もらう兎 痛み抱いて代わり落ちる
涙もらう兎 加速し再生する世界

もう2度と泣かないでと願う私の目 青くなる世界はほら元通り


ざっと一番の歌詞を引用してしまいましたが、もうこれでこの歌の輪郭への言及は十分でしょう。
1曲目『マズロウマンション』内で、兎を窓の外へ放り投げる3階の女の子は
「決まり」に従い、自分が身投げをする代わりに兎を投げているのだということ。
そしてその兎は「あの人の言いつけであの子の身代わりになる」と言っているということ。

あの人って誰の事かしら、と考えた時に頭に浮かぶのは死を司る管理人リリーですが
もしかすると、リリーを6階に縛り付け、神様にも人間にもなれない存在にした『神様』が
兎の主人なのかもしれないなあ、と少し思いました。
世界を再生させることのできる力を持つのは神様だろうし、とここまで考えて思ったのですが
兎が3階から放り投げられても世界は損なわれませんよね。損なわれるのは兎の命でしかなく。
放り投げた女の子は無傷だし、そもそもそのために身代わりになっているのだから
再生する世界というものは、兎にとっての(兎の見ている)世界なのかしら、と思いました。
だから落とされる度に兎の目が青くなり(赤さが損なわれる=失明、ということかなと)
そして両目を失った世界で兎は「これでおしまい でも元通り」と見てもいない世界を信じる
自分の居なくなった世界が変わらないことを知っているということ、なのかなあと思ったりしました。
いや、単に女の子が泣き止んで、本来の碧眼に戻って、兎が安心するだけなのかもしれない。

今、根本的なことに気付いたのですけど、「あの子の目が赤くなる」というのは
「もう2度と泣かないで」にかかって、あの子が泣いてヒステリーを起こしているということを
示しているんだなとか。すいません、読んだら分かることを今気付いて。。

それにしても上記の「さみしいのちくもり」と2番の「じれったいのちくもり」っていう
兎視点の表記が可愛いのなんのって、これ、素晴らしく秀逸だと思います。
誰も思いついたことのないフレーズだし、そういうものに焦がれて世の詩人は言葉を弄ぶんだなとか。
弄んでいるだけで、この段階の、誰も思いついたことのない一節を見出すことのできる詩人って
詩人を自称する人のほとんどが達することのできない一節だと思います。久我さん凄い。

ベランダで弱る兎 じれったいのちくもり あの子の好きなピアノが聴こえなくなった

本当に欲しい物 知っているんだよ私
すぐ隣にあるけど 言えないから


兎がベランダで弱りながら何をじれったいと思っているのかというと
3階の女の子がヒステリックに泣いて自分を放り投げる時に
彼女が本当に欲しいものを知っているけれど、言うことが出来ないということ。
愛を希求する段階の3階の女の子は、ピアノを投げ捨てる5階の芸術家に恋をしているのでしょう。
彼が5階からピアノを投げ捨てて(その下でマッチ売りが犠牲になり)ピアノの音が聴こえなくなって
彼の悲しみ・絶望に連動して、女の子はヒステリーを起こして兎を放り投げるという図式ですが
兎の知っている「本当に欲しい物知っているんだよ私」と無言の兎の言う愛は
女の子の傍らの兎の中に宿っていることが示されている、というところで
この曲のタイトルが『愛は死なずに3度落ちる』となっていることに気付きました。納得。

それにしてもです。この「本当に欲しい物 知っているんだよ私」の歌い方の含む物が
悲しくて愛おしくて、聴いていてこのフレーズを耳にするたび、息が止まる思いがします。

これで3度引き受けてしまった私の目 悲しいけどこれでおしまい でも元通り

可哀想な兎の最後の言葉にあたる上記の後、兎は3回目の落下を経たことで死んでしまうのでしょう。
その後、女の子はどうなるのかなあ、と思いました。
「この高さじゃ致命傷にならないこと知ってる」彼女は、兎が死んだことで嘆くでしょうか。
それとも、彼女自身の落下を招くでしょうか。
それとも、それを阻止するために、新しい兎が彼女の元へ送られるのでしょうか。
愛というものが、取り換え可能かどうか、ということを考えてみることも暗喩されているかも
しれないなあ、とか。勘ぐりすぎでしょうか。

それにしても兎が健気で可哀想で愛しい。
そして背景に流れる曲は軽快で、悲しさを滲ませない甘酸っぱい匂いをさせる一曲であること。
この曲を書いたことだけでも、すごいなあと感嘆に値する物だと思うのですが(作曲は久我さん進藤さん共同名義)
そこにこんな兎の詞が乗っかるなんて、ちょっとした奇跡にも思えます。
そこに共感して欲しくて、ちょっとこれ頑張って書きました。



上記に貼ってる試聴では一部分しか聴くことが出来ないので、気になった方は在庫のある今のうちに
音源CD現物を入手することをお勧めします。
発売日当日にメーカー在庫完売という話で狼狽えましたが、今日聞いたところによると
お店に来週以降再入荷予定があるとのことで、再販がかかったことに胸を撫で下ろしたところです。
でもこの在庫もいつまであるのかは全く分からないので、お早めにどうぞ。超お薦めです。

Aタイプは『マズロウマンション』と『Room612』の二曲入りにライブDVDがついたもの。
Bタイプは上記二曲に兎の歌『愛は死なずに3度落ちる』が加わったCDだけのもの。
どちらも素晴らしくお薦めです。
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by pinngercyee | 2013-07-28 06:18 | 音楽
こんにちは。

今日見た映画『三つ数えろ』が面白かったのです。
a0223987_22572838.jpg

フィリップマーロウさんはdetectiveではなくて、private investigatorなんだなあとか。
映画の中で「38歳」って言うのを聞いて、
「あー、探偵ってそのくらい以上であって欲しい」
「だけどこのハンフリーボガードさんはどう見ても50代」
と思ったりしました。

そして、見終わった後に
「あ、ジュリーの歌の『ボギー、ボギー、あんたの時代は良かった』ってのは、この人か」
と思いついてから、頭の中で歌が流れて止まらないのに、どの歌だったのか思い出せなくて
YOUTUBEでジュリーを見まくっていたら楽しくなってきたので
今日はジュリーを貼ろうと思います。



上述の「ボギー、ボギー、あんたの時代は良かった 男がピカピカの気障で居られた」こと
『カサブランカダンディ』です。

かっこいい。

『サムライ』

ジュリー貼るなら外せないのが多くて困ります。
久世光彦がジュリーに惚れ込んで作った畳ビデオは削除されちゃったのかしらん。

『勝手にしやがれ』

この歌凄い。イントロだけで大野克夫さんって分かる。大好きです。大野克夫さん節。

『酒場でDABADA』

この歌、一番好きかもしれない。かっこいいwwww

『OH!ギャル』

かっこいいwwww



日本でグラムな人が一世を風靡するのって難しいと思うのですが
この人ってそういう意味で偉大なんだなあとか。
もっとそういう人いたらいいのになあとか。
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by pinngercyee | 2013-07-07 23:23 | 音楽
こんにちは。
7月になって「夏なんだなあ」と思うと、去年訪れた名古屋のことが思い出されて
ぶっちゃけてしまえば、去年の夏の名古屋はVAMPS見に行った旅だったのですが
そのせいもあって去年の夏は、空気に滲んで見えるみたいにVAMPS一色で。

今年も久しぶりに夏の空気を吸い込むと、去年の記憶と一緒にVAMPSのライブが甦って
夏の音楽だなあとしみじみ思ったので、好きな曲を幾つか纏めてみようと思います。



ANGEL TRIP
2012年の夏のテーマでした。以前も書いたことあるけど。
私、自律神経が弱いおかげで、夏の間は日々、脱水と失神との戦いなのですけども
この歌の「はめ外してもっと騒ごう」「壊れそうになって騒ごう」「辛くても笑って」の一言に
救われるというか、支えを見出せたというか、何て言ったらいいんだろう、指標を貰えた感じで
この曲の、太陽の下の真っ白な光の情景と、全力で走り抜けるような疾走感のおかげで
初めて夏を正しく愛することが出来たような気がした曲。です。

DEVIL SIDE

この曲が始まると不意打ちで頭の上に人が降ってくるので(踵落とし含む)
私と友人は曲を聴くよりも身を守るための防御体制を無意識に取ってしまう怖い曲。
こうやって聴くと、本当に格好いいし大好きなのですけど。

VAMPIRE DEPRESSION

暗い色調で抑圧を滲ませて進行していくのに、サビの"just blind me, set me free"のところで
崩れ落ちていくドラムと一連のフレーズが格好良すぎて、毎度震えます。
個人的にライブで聴きたい曲一位。

DEEP RED

格好いい。

RED RUM

ぐうかっこいい。

SEX BLOOD ROCK N' ROLL

USAでもこの人口密度なんだなと思ってしまったので貼ります。
そういやVAMPSでフリとかヘドバンの記憶ってないなと思ったら
そんなことする余地ありませんでした。そういえばそうでした。納得。

sweet dreams

全てが終わって汗だくで我に返って、少し涼しくなった夜の中に出た時に
はたまた、知らない街の中でビールを飲んでライブのことを思い出している時に
深夜の高速バスの中でまばゆい記憶を辿っている時に
ホテルの部屋に返ってシャワーを浴びて、疲労の中でベッドに横たわっている時に
ずっと頭の中にある曲。
人ごみにペットボトルが押し潰される密度の中で、息することも忘れて手を伸ばす非日常の記憶と
自分が日々積み重ねている人生の中の一日と、自分の暮らす日常の世界の橋渡しみたいな曲。
今、なんでもない時に聴いても胸が一杯になって苦しくなります。
夏の記憶を甘く想う一曲だと思います。
この曲を初めて聴いたのは、2010年の大阪USJの駐車場だったと思うのですが
ステージの後ろの一面の空が赤く夕焼けていくのにこの曲が似合いすぎて、未だに憶えています。



毎年一度は見なきゃと思ってて。
で、夏でつらいし、ライブもハードだし、もうこれ修行かなと思って。
2011年は東京から福岡まで高速バスでわざと行ってみたら、それはやりすぎたと思いました。
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by pinngercyee | 2013-07-01 12:00 | 音楽
先日に引き続き、まだ全然書き足りないので、もうちょっとグニュウツール祭続行します。
もやもや考えたり懐かしくてYOUTUBE見たりしているうちに
貼りたいものや、書きたいことがありすぎると気付いたので、もうしばらくお付き合いください♡




『真心求める自己愛者』
ジェイクさんが居るグニュウ初期の、辛辣すぎるシリーズです。タイトルから言ってこれ。
この時期はリアルタイムで見ていたわけではないのですが、高校生時代に聴いていた歌ではあります。
「意味を嫌うのは眠りたい子供」とか。古川さんの選ぶ言葉の厳しさは好き。
このビデオの古川さんのメイクがかわいいです。
先日見たライブで、まさかのあさきちゃん登場時にジェイクさんが小芝居してる!と驚きましたが
そういえば、この時代から、ビデオの中で小芝居は要求されていたんだなあとか。


『モラリストのこと』
上記に同じくアルバム「ニュウルン」より。どうしてこんなにビデオがあるのかと言いますと
古川さんはアルバム出すごとに、自作PVを全曲分(企画・撮影から監督編集まで)
完全自作で作っていたからですよ!今考えてもちょっとやばいと思います。

貼りたいけど際限なくなるから割愛しますが、この時期の言葉の鋭さがやばいです。
曲のタイトルに『未練は思い上がり』とかどういうこと。



このあと、この時代のメインコンポーザーのジェイクさんが抜けて、あさきちゃんと二人になり
デジタルな方へ音楽面が傾いていきます。
嫌いじゃないですが、どうしても私にとっては前半のが印象強いです。

でも『真鍮卵』の一節「誰も行けぬ険しき場所に、添えた花は誰置いたもの?」には
無力感に支配されそうな時期に、支えられる気持ちがしたのを憶えています。




guniw toolsの活動が止まった後、ボーカルの古川さんはnookickyというバンドを始めて
ちょうどその頃、一つ目の大学を中退したり人生ドン詰まりだった私は
救いを求めるみたいにとても傾倒しまして。
nookickyは北海道出身の古川さんの企画するバスツアーを年に数度開催していて
私が二十歳ごろに北海道に年に数回船で渡っていたのは、そのためだったりします実は。
夜に札幌駅に集合して、何十人かで行先のわからないバスに乗り込み、連れて行かれるまま
夜中の墓地を歩いたりとか、真冬の6メートル積雪している中を歩いたりとか
朝になったら朝市でご飯食べたりとか、湧水汲んだりとか、宴会場でお酌してもらったりとか
ライブ見たりとか、砕氷船乗ったりとか、ワカサギ釣ったりとか、キャンプしたりとか。
(マイナス16度の網走の街中で、一人薄着で道に迷った時は死ぬかと思いました。)
あの当時は必死で夢中だったけど、今になって思うと、あれは紛れもなく
私の青春だったんだなあと思います。楽しかった。
あの時期、古川さんはファンみんなの先生みたいでした。修学旅行みたいだったし。

そんなヌーキキを久しぶりに聴いたら、音楽としての情報量が多すぎて驚きました。
すごいなーとか。一つ一つの音を追いかけるだけで白目を剥いてしまいそう。


『フロッグキング』なつかしー!!当時の定番曲でした。


『夜護』入っている音を一つずつ数えようとしてみて下さい。まじで。



私が東京に引っ越したあたりから、ライブを見に行かなくなって。

そして、数年経った後に、guniw以来でジェイクさんの弾くギターを聴く機会があって
余りに美しくて、言葉を失うということがありました。

以前にも貼ったことのある動画ですが、また改めて。
何てうつくしいの。ギターってこんな音が出るの。と驚きました。
湖面の底から光が揺れる水面を見上げているような情景に始まり
途中からの必然に導かれるような風景の推移に目が離せません。
滝のように強く烈しく、澄んだまま轟音を伴って降ってくる音に全身を打たれるようにして
動きを止めることしかできません。

ジェイクさんはすごい人。この間、古川さんと二人でやったライブの時にも
常に佇まい美しくステージに立ちながら、音と戯れる神様みたいに見えました。



古川さんはnookickyをやめた後、女の子と組んでタフカというユニットと
ソロプロジェクトのshilfee and tulip colobocklesを始動します。
今回ライブを見るまで、実際ここ何年かの間に、古川さんがどんなことをやっているのか
私は全く追えていなかったのですけれども。

先日OAとして出演したタフカを初めて見て。

古川さんは自分に出せない女の子の声を楽器として用いている感じがしました。
それにしても似てる。
そして、本来の古川さんのファンの人たちよりも
澄んで世界のある女の子声の音楽を切望して聴きたがっている層は確実にいると思いました。
谷山浩子とか好きな人は好きなんじゃないかしらとか。映画とかゲームとかアニメとか
そういった切っ掛けがあると、喜んで受け止める人は多く居ると思います。

そしてshilfee。

先日の古川さん&ジェイクさんのライブは、shilfeeのアルバムがジェイクさんと共同制作で
それのお披露目という意味合いのものでした。

見る前は「グニュウの昔の歌やられたら感動するんだろうなあ」という気持ちが強かったのですが
実際見てみると、現在のShilfeeとしての新しい曲もguniwとしての昔の曲も、並列して強く
新しい曲の方が、懐かしさの補正がないのに、とても格好良かったです。
そして、ライブが進むにつれて、古川さんがどんどん若返っていったのが凄かったです。
終わるころには、昔見ていた頃から遜色ない、ただ凄味が強くなっている古川さんが
ギターと戯れるジェイクさんと並ぶ、無邪気な神様みたいに見えてきました。
(この日のライブを見ながら、
「古川さんを妖怪呼ばわりするのは簡単だけど、妖怪じゃない、もっと凄いもの」
 と言う言葉を、頭の中でぐるぐると考えていました。)



寝る前の時間に軽い気持ちで書き始めてしまったので、とてもざっくりしていますが
書きたいことが書けたので、寝ようと思います。
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by pinngercyee | 2013-06-10 00:47 | 音楽
昨日、古川さんジェイクさんが一緒にやるというので、すっごい久しぶりに見に行ったら
二人ともすっごい格好良かったし、色んなことを思い出して、居ても立っても居られないので
ちょっと動画を貼りまくりたいと思います。
今日はguniw tools祭りということで。
昨日見たライブについては、そのうち記事にするかもしれません。素晴らしかったです。

ていうか、昔の曲をやるのを聴いていて、
「古川さん、歌詞で辛辣なこと言い過ぎだろう」と思って
「だけど、辛辣なことでも本当のことを教えてほしい子には、これが救いになるんだな」と
かつてのことを思い出したりとか、そんなことを考えたりしました。

古川さん、変わってなくて良かったです。
だけど凄味が増していて、前半直視できなかったです。




不断の窓です。
なんだかんだで、これが特別な位置にある特別な一曲なのは間違いなくて。
ど直球に神々しい救いみたいな美しい曲。だけど辛辣。
昨日ジェイクさんがイントロのギターを弾いたところで、膝が震えました。
最後の部分の「誰も一人 分け隔てなく」が、特別すぎるワンフレーズだと思います。
この動画、めちゃめちゃ久しぶりに見たのですが、ジョンソンと顔が似てる。。。
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Fat Decemberです。あさきちゃんが眉毛を剃ります。アンチクリスマスの歌です。
もーやだ懐かしい!!それにしても古川さんよくこれだけビデオ作ってたなあとか。
最近もビデオ作ってるのかしら。
この歌は昨日やってないけど、懐かしくなったので貼っておきます。ぐにゅうと言えばなこれ。




冬のうぐいす。この歌を一言一句間違えず歌えた自分に驚きました。
「気付いてね、自分本位を」とかきっつい。
「光放つ人たちに憧れていつまでも地の中眠り続ける 信じてる今が夢だと」とか。
「誰もあなたなど見ていない、自由に行け」という言葉を得るかどうかで
10代後半の人生って大きく変わるものだと思いました。



Fade story。ジェイクさんと古川さんが一緒にやると聞いて一番聴きたかった歌。
聴けて良かったです。
救いの結晶みたいな歌。昨日は懐かしさと聴けたことが嬉しくて固まってたけど
今になって、この動画見てたら、少し泣けてきました。。




傘さすことの喜び!!このビデオ大好き!!なので貼ります!!
「傘さすことの喜び、って何ですか」っていう問いかけに古川さんが
「傘がない時の気持ちを思い出してみろ」って答えてたなあとか。ひゃーなつかしい!




そしてファンシーピンクです。
昨日アンコールでこの服着て古川さんが登場したら会場が揺れました。
「うーう いつまでも見てるだけ素直の無力も形にしろよっ」って一節が刺さる刺さる。



こうやって見てみると、やっぱりすっごい偉大だなあって思います。
昨日は、素晴らしいライブでした。見れて良かった。
やっぱり改めて、記事書くと思います。そのうち。
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by pinngercyee | 2013-05-28 23:05 | 音楽