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東中野silent musicで催されている金田アツ子さんの作品展『OTOMECHICA』へ行ってきました。

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仕事帰り、遅い時間になってしまって、ほぼ初めて歩く東中野の住宅の中を
地図を頼りに歩いていくと、会場となるsilent musicは、小学校先左手に上がる坂の途中に
慎ましやかに存在しているのを見付けることが出来ました。



アツ子さんと知り合ったのは、もう何年前になるでしょう。
私が井の頭公園近くの部屋に住んでいた大学生の頃、一人で時間を過ごすために訪れる
家から近い喫茶室といえば井の頭公園駅前の『宵待草』でした。
ミントグリーンとクリーム色の壁をした路面に向かう喫茶店だった小部屋は
ギャラリーになった後も、ささやかな飲み物と静かな時間を供してくれる場所でした。
宵待草を私は時折訪れては、色硝子越しの窓の外の景色、それは雨の日だったり
夏の終わりの緩慢な緑が風に吹かれるところだったり、夜の景色だったりするのですが
そういった中で、私はひとり、本を読み、手紙を書き、考え事をして時間を過ごしていました。
この場所については、閉店する折に、街はぴ内で記事を書いています。
よければそちらもご覧ください。

前置きが長くなりました。
当時の宵待草の店内奥で、長い髪を纏めて静かに給仕していたのが金田アツ子さんという
少女画家の人であることを、私は宵待草の店内で販売される少女画の絵葉書を購いながら
最初の頃は知りませんでした。
一人で宵待草を訪れている時期も、私とアツ子さんはずっと会話を交わしませんでした。
私とアツ子さんが初めて会話を交わしたのは、だいぶ後になってからのことです。
ずっとお話ししてみたかった、店の奥に空気を統べるように佇む長い髪の凛とした女性が
金田さんその人であることを、私はその時に初めて知ったのだったかもしれません。

金田さんの描く少女画の(ご本人は乙女と呼んでいるので少女画というのは相応しくないのかもしれませんが)
少女の視線の揺るぎなさに、私はずっと恋をしているのだと思います。
少女たち、と呼ぶのは間違っています。作品の中の彼女はそれぞれに一人きり(多くて二人)であり
額縁の中に存在するひとつひとつの作品の中で、それぞれのものを見つめています。
夕焼けを見つめ、遠い目をして手を振る少女。
光の中に佇みながら、迷わぬ瞳でこちらを見つめている少女。
月や闇や金魚や花々纏いつつ、柔らかい悲しみに視線を沈める少女。
窓の外の記憶の幻を見つめる少女。
そして目を瞑り、今ここにないものを想う少女。
彼女たちの、一人きりである凛とした存在と、その視線の先への慈しみや悲しみに
私は、金田アツ子さんの作品を見るごとに、息が止まる思いがします。

『少女』や『乙女』という言葉が商業的な概念を持ち、記号的なキャッチコピーとして消費される中
本質的な概念としての『少女』や『乙女』というものは、決して揺らがないものであることを
私は心強く感じます。
『少女』や『乙女』と呼ばれるものが、年若いだけの娘や過剰装飾の服を着た女性を指すのではなく
彼女たちにしか持ちえない美を見出すことのできる視線を持つ精神の清らかさが
『少女』や『乙女』という言葉の概念の核であるのだと、私は金田さんの絵を見るたびに知るのです。



本当に前置きが長くなってしまいました。
音楽家・久保田恵子さんのプライヴェートギャラリー・silent musicで催された今回の展示は
『マリア様のお庭』と題されたものに相応しく、清廉なお庭を備えた美しい場所での
素晴らしいものでした。
訪れたのが日の落ちた後だったため、お庭の写真は撮ることが出来ませんでしたが
古い映画の中で見たような70年代風のクラシカルな応接室の中に並べられた
百点にも及ぶ作品たちを見て貰えれば、それが『乙女』という概念の核を備えた
清らかな空間であることを、感じ取って頂けると思います。
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室内に置かれた大きな黒いソファー、木製のテーブルセットでは
菓子職人でもあるアツ子さん手作りのケーキと、飲み物を頂くこともできます。
私は、この場を訪れる前から決めていた『いちじくのチーズケーキ』と
イギリスから取り寄せるというエルダーフラワーシロップの曹達割りを頂きました。
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初めて嗅ぐ香りと、柔らかい不思議な甘さの飲み物で、こちらでしか飲めないとのこと。
静かな闇に沈んだ夜の時間に、相応しいものに思えて、美味しかったです。



この展示は、明日の日曜日まで催されています。
もし、この週末に時間のある方は、訪れてみて下さい。
少女の揺らがぬ視線の強さと清らかさを、そして乙女という概念を体現した作品群の抱く
強さや優しさや、柔らかい悲しみや、暖かな慈しみを、息を止めながら確かめてみて下さい。

金田アツ子作品展 オトメチカ in Silent Music〜マリア様のお庭〜
◆会期◆ 2012.9.16(日)~23(日)12時〜20時 
◆場所◆ Silent Music  中野区東中野5-11-2 (JR総武線、東中野駅から徒歩5分)
*オトメチカ洋菓子&喫茶店* 同時開催
silent music
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by pinngercyee | 2012-09-22 15:34 | 記憶
小樽文学館の学芸員の方が、小樽文学館内で『ゲームと文学』展を企画するにあたって
『イーハトーヴォ物語』について言及していたので、懐かしくて居ても立ってもいられず
思い出してみようと思います。



『イーハトーヴォ物語』は、1993年発売のスーパーファミコンのソフトです。
RPG、と言われるその内容は、宮澤賢治の作品をモチーフにしたもので
RPGと言われつつも、ファイナルファンタジーやドラゴンクエストのような、敵も味方も
戦闘もボスキャラも、レベルアップの概念さえもありません。
宮澤賢治の物語に沿って街を歩き、人を訪ねて話し、アイテムを持っていくと
物語が展開して、一章が終わります。
それを章ごとに繰り返すだけの内容です。
ゲーム性を求める子供達には人気がでなかったのも仕方ないとは思うのですが
私は、このゲームの中の世界を歩いてみて、人と話をして見えた世界というものを
もう20年近く経つというのに忘れることが出来ません。

主人公の『私』は賢治先生を訪ね、『イーハトーヴォ』という街を訪れます。
『イーハトーヴォ』という言葉自体、宮澤賢治が岩手を指して呼んだエスペラント語ですが
それを弁えて見ても、この街は賢治の作った架空の物語を含む世界、というように見えます。

『イーハトーヴォ』の街の中、住人は静かに暮らします。
鉄道駅の前にある木製の信号機シグナレスは、鉄製の新式であるシグナルに対しての
言い出せない恋を主人公に向かって打ち明けるし
街の北にある『猫の事務所』では、猫たちが帳簿に向かって働いています。
人々は子供を育て、学校で子供は学び、劇場では活動写真が上映されています。

賢治先生に会うことのできなかった主人公は、羅須地人協会で指示された通りに
頼まれごとを引き受けます。
「賢治先生のなくした手帳を、探してきてほしい」
何のヒントもないままに、街の中の人たちの会話に耳を傾けていると聞こえてくる噂話に
『イーハトーヴォ市街』から外れた場所のことが浮かび上がります。

第一話:貝の火

第二話:カイロ団長

第三話:虔十公園林

第四話:土神と狐

第五話:グスコーブドリの伝記

第六話:オツベルと象

第七話:セロ弾きのゴーシュ

第八話:雪渡り

最終話:銀河鉄道の夜



中学生だった私は当時、お恥ずかしながら、このゲームを通して宮澤賢治の世界を知りました。
そしてこのゲームで取り上げられている物語の本来の姿を知りたくて、賢治全集に手を伸ばしました。
取り上げられている物語。単語としてのみ登場している物語。
名前だけ知っていた物語。全集に手を伸ばして初めて名前を聞いた物語。
メジャーなものもマイナーなものもありますが、私はこの作品を通じて
忘れえない情景を(ある意味トラウマのように感情を伴って)旅することが出来ました。
その経験があって、本当に良かったと思っています。
宮澤賢治を読んでいなければ、この世界の情景を知らないまま大人になっていたとしたら
私はきっと、今の私ではなかったのではないかしら、とも思います。

雪渡りの中の、狐たちの幻燈会。
土神と狐の中の、土神の劣等感と、狐の虚栄心。
やっと会うことのできた賢治先生と、銀河鉄道に乗り込む前に暗闇を歩く情景の恐ろしさ。
それらの記憶を伴う情景を、私はおそらく一生抱いて生きていくのだと思います。



それぞれの物語の傍らで、『イーハトーヴォ市街』で鳴っている音楽がこちら。


街の中を歩いて、見る景色。人と話をして感じること。
猫の事務所の中でいじめられている窯猫を助けてあげられないこと。
シグナルとシグナレスの真っ直ぐな恋がすれ違うこと。
そんなことを見守りながら、黙々と街の中を歩く『私』が物語の結末へ尽力すること。

それぞれの物語で出会う人物や、彼らにとっての大切なものを垣間見て
『私』が何を思うのか、という部分までは、ゲームの中で言及されません。
本という媒体ではなく、ゲームという媒体で文学・物語というものと関わろうとしたのだろう
製作者の方の潔癖な意識を思わされると同時に、
普段は夢見てみても叶わない、物語の中を自分の足で歩くということが
仮想的にでも叶うということの特別さを大人になった今、改めて尊く思います。



余談ですが、このゲームは当時あまり売れなかったそうなのですが
ゲームソフト発売から8年後の2002年に、ゲーム音楽のサントラCDのみが新発売されています。
このゲームの音楽を忘れられない人が多かったということにも納得がいきます。
私もサントラが発売されていたことを知って驚き、買ったうちの一人です。

作曲者の方のピアノ版もむちゃくちゃ良いです。

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by pinngercyee | 2012-07-16 16:54 | 記憶
十年ほど前、大学を辞めて京都でふらふらしていた頃
私は半年に一度のペースでたびたび北海道を訪れていました。
京都の北部にある舞鶴から小樽へ船が出ていて
「時間はいくらでもあるけど、お金はあんまりない」生活をしていた私は
片道6000円程度で30時間船に揺られて北海道へ行けるこの船が大好きでした。

船に揺られている30時間は苦痛ではありませんでした。
携帯の電波は届かなく、一番安い二等客室は大部屋で一人になれる空間もありませんでしたし
私が船で北海道に渡る時はだいたい一人きりで話し相手も居なかったのですが
30時間というぽっかり空いた時間があると覚悟さえしてしまえば、楽なものでした。
窓の外はるか水平まで続く海原を飽きるまで眺め、
船の床から伝わってくるゴウンゴウンという唸り声にも似たモーターの音に慣れた後は
眠りたいだけ眠り
読もうと思いながら時間が取れなかった本に没頭して読んでしまい
歩きたくなれば船の中を探検して
海に向かったロビーでお酒を飲んだり、売店で買ったパンを食べたり
銭湯みたいな大浴場を楽しんでみたり
消灯後の、人々の寝息の気配のする暗闇の中で、イヤホンで音楽を聴いていました。



その時聴いていた音楽は、今もよく憶えています。

「船は海をゆく とても遠くへ 過去と未来より 飛ぶ風を蹴って」

船で過ごした時間を思うたび、耳の奥でこのフレーズが静かに甦ります。
小沢健二の『球体を奏でる音楽』をCDのプレイヤーに入れて来たのに特に意味がある訳ではありませんでした。

「過去から未来から 誰も皆 時を合わせる 遍く年月の 響きを重ねて」

穏やかな音楽に乗せられたその歌詞の音を何度も聴いているうちに
その言葉の音が音である以上に意味を持って結実していくように思えました。

大学を辞める前、つらい時期を経ていたこともあり、過去は過去として触れたくないものであり
大学という居場所や立場を失った何でもない自分が、このまま生きていける場所があるのかという未来への不安もあり
私は、現在の、その前も後ろも敢えて見ないようにしていました。
考えれば考えるほど絶望的なことしか思い浮かばない時期で
「なるようにしかならないんだから考えても無駄」と思考停止を自分に課しているような時期でした。

その歌を思い出して、今になって思うことは
私はあの時、誰からも何処からも切り離された一人きりの海の上で
「過去から 未来から」と歌う声を聴いて
自分が「過去でもなく、未来でもない」現在に生きているのだ、と自覚したということです。

通り過ぎてしまった過去にも、何の確証もない未来にも、どうやっても手は伸ばせないけど
自分が見ている景色の現在には、いくらでも手を伸ばそうとすれば、手を伸ばすことができるということ。
書いてしまうと当たり前すぎてつまらなく思えてしまうようなことですが
過去の悪夢に捕われて怯え、未来の不安へ身動き取れなかった当時の自分には
何より大切なことを気付かせてもらえた船中の暗闇の中の音楽でした。



「船は海をゆく とても遠くへ 過去と未来より 飛ぶ風を蹴って」というのは
小沢健二のアルバム『球体の奏でる音楽』の中の『旅人たち』という歌です。
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by pinngercyee | 2011-09-11 02:47 | 記憶

小学校で同級生だった柴田さんという女の子が居ました。
ある日、彼女が私に言った言葉が、20年も経つ今も、
あの日のままに私の時間を止めている、と思い出すことがあります。



まだ何も書かれていないノートの紙面を指さして、柴田さんは私に
「これ、白いよね」
と、言いました。
私は何の疑念も迷いもなく、
「うん、白い」
と応えました。

教壇の上に立ち、背中を向けて黒板を消す教師の後姿を指さして
「あの、先生のブラウスって、紺色だよね」
と言いました。
「うん、紺色」
私は再び、肯きました。

夏休みの近い時分の教室の窓から見える空を見て
「青いよね」
と言いました。
「うん」

「黒板って、黒板って言うけど、緑色だよね」
「そう言えば、そうだね」
「良かった」



そこまで私に同意を求めてから、柴田さんは少し安堵したように息を付き
呟くように続けました。

「あのさ、もし、自分に見えている色と、他の人が思っている色が、本当は違ったら、怖くない?」
「どういうこと?」

「『赤』って名前だけど、私が思っている『赤』は、他の人が見たら『青』かもしれない
 葉っぱは『緑』っていうけど、私が見ている『緑』を、他の人は『黄色』って呼ぶかもしれない。
 空は『青い』って言うけど、私が信じてる『青』が、本当は『紫』なのかもしれない。
 そんなこと、誰も確かめられないから、誰も否定できないでしょう?」

私は、考えたこともないことを指摘され、返す言葉に詰まってしまいました。

「名前が一緒だから、誰も気づかないの。実は「空は青」「草は緑」って言っても
 みんな本当は違う色を見ていて、私だけ、間違った色を、見ていてたらどうしようって

 時々ものすごく怖くなる。」



それまで私は何の迷いも疑念も抱かず
「みんな同じものを見て、同じ名前で呼んでいる」のだと信じていました。
それが普通なのかもしれません。
自分の見ているものが、他の人にも同じように見えている確証なんて
確かに言われてみれば、どこにもありません。

ただ同じ名前を共有しているだけのこと。
本当に、みんなの言う『青』は、本当に『青』なのか。
みんなの言う『茶色』は、私の見ている地面の色なのか。



柴田さんの言った一言で、あの日私の時間は一度止まったように思います。
あの日、私は彼女を安心させてあげたかった。
「考えすぎだよ、大丈夫だよ」と言ってあげたかったけれど
そんな根拠のない気休めでは、柴田さんどころか、私も納得できないことは
よく分かっていました。

あの日から、私は彼女に何と答えれば良かったのか、ということを
ずっと考え続けているのかもしれません。

大人になってしまった彼女が、今、どこでどんな人生を歩んでいるかも知らないけれど
彼女自身が、もし、忘れてしまっていたとしても
あの日の彼女に、私はいつか、納得のいく答えを返してあげたいな、と思うのです。
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by pinngercyee | 2011-08-16 00:09 | 記憶