2012年 06月 30日 ( 1 )

大手町に用事がある度に訪れる丸の内oazo丸善の文具売り場で
私はその日、いつものような心ときめく買い物ができないまま、
せっかく足を伸ばしてここまで来たのに、という期待を裏切られた落胆と
まだ何か、私が見ていないところに特別な出会うべきものが潜んでいるのかもしれないという
帰りたくない気持ちに理由をつけて、私は下りのエスカレータに足を進める前に
四階のフロアをぐるりと見回しました。

その右手奥。傍らに広がる輸入書・美術書の売り場とは趣の異なる一角に
先ほどエスカレータ脇の壁に書かれていた『松丸本舗』という屋号が示されていることに
ふと目が留まります。

「どうして本屋の中に本屋があるんだろう?」

入口から内部を覗き込んでみると、区画の中は天井まで伸びる高い本棚に占められていました。

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本屋や図書館などの多くの本を扱う場所で見慣れた、整理された直線的な印象はありません。
本棚はところどころ高さを凹凸させ、それ自体が前後に曲線を描いて、内側へ誘うようでした。

ところどころにテーマとなるらしい言葉が掲げられ、それに従う書物が
出版社や作家名などに関わらず、誰かの目で関連深いものが選ばれているということが見てとれます。

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歩を進めるごと、視線を動かすごとに、違うテーマに集う本たちが、私を取り囲むのを感じます。

森みたい。
そこここの場所でいろんな花が咲いて、いろんな色をした蝶たちが何万匹も集っているみたい。

そんなことを感じながら、どこに何があるのか、どこに目を向ければいいのかわからないまま
私は、本当に森の中を迷っているように、四方へ目をやり、目についた言葉に立ち止まり
それまで感じていた疲れや空腹も忘れて、曲線を描く店内を魚みたいに周遊しました。

さまざまな題材がありました。
歴史や情報学、天文学から音楽、映画、料理、生活、伝統芸能、精神学。
デカダンスにアバンギャルド。旅。
目につくものを数えてみても、数えきれないほどの題材は、森というより森羅のようでした。

「知的な大人のための、ビレッジヴァンガードみたいなものかな」
「恵文社みたいなセレクト書店なのかな」
「本当に本が好きな人じゃなきゃ作れないだろうな」
ここがどんな場所なのか、うまく把握できないまま私は店内を歩きながら
この場所をうまく説明できる言葉をぼんやりと探していました。

『少女・乙女』
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掲げられたテーマに思わず足を止めます。
『少女・乙女』は私が長らく拘泥して、自分でも手当たり次第に調べた題材ということもあり
この分野にくくられるだろう本に関しては、ある程度判断ができます。

正直、相応しくない本や私の目から見て低俗な本が含まれていれば、私は素直に落胆した筈です。
筈、というのは、その書棚の審美眼が、私の予期した以上の正確さで、私を落胆させなかったからでした。
幾百にも上るだろうテーマのうちの一つ、『少女・乙女』というものへの深い考察と正しい審美眼に
私は驚きと共感を覚えました。

そしてその、正しい審美眼への期待は、『探偵小説』の棚の品揃えで確信に変わりました。
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お仕着せの分野分けなら、これほど愛情を持った本選びができるはずもありません。
ここに集められた本たちは、愛情を持って、詰め込まれるように集められているのだということ。
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なかなか売っているところ自体見かけない新青年傑作選を取り揃え
探偵小説を書くことが有名ではない作家までを含むの探偵小説傑作選を揃えたこの本棚は
誰かの共感を待っていたのかもしれないと感じました。

私は「感動」したのだと思います。
これほど題材に、愛情を持った潔癖で正確な本選びをしている書店を
私は見たことがないと感じました。

題材に関する専門店というならば、話も分かります。
しかしこの題材の量。目で追うだけでも果てしない量の、天井まで聳える量の本たちは
この愛情を持った誰かに選ばれ、正しい場所に一冊残らず正しく収められているということ。

本棚を見れば、その人が分かると言います。
しかし、これだけの本を、これだけの分野を、宇宙のように内包している『誰か』に
この書店を作った『誰か』に、私は、ここで初めて尊敬と信頼を抱いたのだと思います。

信頼できると思うと、それまで流し見ていた分野まで、ひとつひとつ覗いてみたくなりました。
私の知らない世界を熟知した誰かの、確信のある審美眼で選ばれた
手引書であることに違いないからです。

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それぞれの棚に添えられた言葉は誰のものなんだろう、という関心が湧き
私はレジにいた書店員の方に尋ねてみることにしました。



「すいません、店内に書いてある手書きの言葉は、誰が書いているんですか」
書店員の男性は、私のこんな唐突で不躾な質問に、丁寧に答えてくださいました。

この書店は総て、『松岡正剛』という人の『千夜千冊』という読書録にある本を核にして
題材立てられ、作られていること。
書かれている手書きの言葉も、総て店長である『松岡正剛』という人の肉筆であること。

「入口に並んでいる赤い本をご覧になりましたか」
いいえ、と私が首を振ると、書店員の方は入口へ私を導いてくれました。
「これが、この書店の核になっている『千夜千冊』です」
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一冊が五センチもあるのではないかと思われるような厚さの本は総て、松岡氏が選んだ千冊を
紹介したものであるということでした。
「松岡氏は、これを書くにあたって、既読の本も全て読み返したそうですよ」
一冊一冊への紹介文を書けるだけの愛情があればこそ、という納得の傍らで
私は名前を見知っていただけの松岡氏が脳内にしまっていた宇宙の内包する壮絶な読書量に
思わず言葉を失いました。

「凄いですね……」
書店員の方は、誇らしそうに笑みを返してくれました。
「松岡はですね、こんな本屋を作ったのは、もっと多くの本との関わり方があると示したかったんですよ」
「関わり方っていうのは?」
「最初から最後まで読むことが一般的な読書ですが、本というものは
 もっと多くの関わり方ができるっていうことです。
 たとえば、開いたページを読むだけで意味のあるもの。
 飾ってあるだけで嬉しくなる美しい本。
 読もうと思って積んでいるだけで、わくわくするのも立派な本との関わり方ですし
 もちろん辞書みたいに必要な時に取り出してみるのも、一つの関わり方です」
「一行取り出して書きとったりだとか」
「そうです。それも一つの関わり方です。もっと本との遊び方を示したいということなんですね」

「なるほど、」と納得する私に、書店員の方は奥の棚を指さしました。
「あちらの棚は、松岡が好きな人たちに頼んで、彼らの本棚にあるものを再現したものなのですよ」
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『本棚を見れば、その人が分かる』ということを、逆説的にやってしまうことに
「あの人の本の並びが見たかったから」と悪びれもなく書店の中で実現してしまうことに
私は目から鱗が落ちる思いがしました。
(初めて一人暮らしした部屋は、本棚を人に見られたくないからという理由で
 大学からバスで40分離れたところに借りていた私には、耐えられないと思ったり)

「松岡は、総ては編集だと言っていまして」
「編集」
「そうです。この本の体系付けや分類や。興味の繋がる方面へ、ひとつひとつ広げていくこと」
私が目を見張った、潔癖な審美眼は、松岡氏による編集という形の産物であるということのようでした。

「本の選び方に、とても感動したんです。ここのことを、ブログに書いても良いですか」
そう尋ねた私に快諾してくださったNさん、貴重なお話を本当に有難うございました。

東京駅で下車する機会がある時。
大手町に用事があった日。
そんな時には、私は必ずこの書店を訪れるようになる気がします。
その時折々で、私の目に留まる題材は、きっとその時の私に必要な要素であるのでしょう。
まだ見ぬ何か、まだ見ぬ私にとって必然な世界への入り口を
信頼する書棚の前で、感性を研ぎ澄ませて探すこと。

そんな幸せな、本との関わり方ができる場所は、なかなかありません。



興味を持たれた方は、一度訪れてみて下さい。
予感に従って棚の間を周遊して、愛と確信を持って選ばれた本たちの中から
今の自分に必要な一冊を見つけ出す喜びを。

松丸本舗
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