【20140502京都行脚1】出発(~静香)

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朝5時半に京都駅八条口に到着。朝日の中、バスから降りて朦朧とするのは毎度のこと。
駅のトイレで歯だけ磨きながら(お風呂に入りたいなあ、)と思うものの
京都タワーの銭湯が開くのは朝7時なのです。待つにしては一時間半は長いし
前回、開店時の雪崩れ込む勢いに乗り遅れた私は蛇口が取れず悲しい思いをしたので
今日は(漫画喫茶のシャワーでいいや、身支度も兼ねてちょっと休もう)と四条河原町へ。
京都駅周辺にはシャワーのある漫画喫茶がないのです。あったら繁盛すると思うのだけど。

今回の目的は、3日にあるミステリ研の式典に出席することが目的だけど
ここのところ足を運べていなかった京都にせっかく行くんだから!と欲を出して
一日早く前乗りしたのです。

「住んでた時に行ったきりとかの好きだった場所とか当時から憧れてた場所とか
噂に聞いてまだ行ったことないまま気にしてる場所とか
 普段のコースに含まれていない場所に行く!」
という野望を込めて。

ゴールデンウィーク最中なだけあって、ホテルが今回全然取れず
宿は、なんとか確保した堀川御池のゲストハウスでチェックインが16時以降なので
それまでの時間を、できる限り飛び回る覚悟で、私はバスの一日乗車券500円を買いました。
市バスは私が住んでいた当時、区間内なら距離に関係なく一回の乗車について220円でしたが
今回久しぶりに来てみると230円に値上がりしていて驚きました。消費税の関係かしら。

仮にも京都に5年ほど住んで、日常的に市バスを使っていた私ですが、未だに市バスは乗る度に
「小銭あったっけ」と本気で焦ります。多分、京都の人に言ったらこれ共感してもらえると思う。
なので、2回以上バスに乗る予定があるなら、もう500円の一日乗車券買ったほうがいいです。
差額の40円であの焦りのストレスから解放されるなら安いものだと思います。ほんと。

*

17番のバスで京都駅から四条河原町に向かい、四条河原町で下車。
漫画喫茶でシャワーを借りて、身支度をして、51番のバスに乗って千本今出川へ。
目的地は、喫茶『静香』です。ソワレやフランソアと並ぶ京都の老舗の名店の一つですが
場所が千本今出川という私の行動範囲外にあることもあって、京都に住んで居る頃に訪れた以来
店内の様子は瞼の裏に鮮明に浮かべられる割に、一度も訪れることができずにいた場所でした。

かつては花街として栄えた上七軒で、古くから時間を重ねてきた静香の店内には
菫の花のような可憐な少女趣味の滲む『静香』にしか存在しない情景の中、
この場所に通って珈琲を飲んだ芸者さんの名前を記した団扇が飾られていたことを思い出します。

*
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静香の開店は7時、と食べログに書いてあったのに、朝9時に店の前に立った私の前には
シャッターが閉まり、鍵がかかったままの姿があって、バスに揺られて辿りついた千本今出川で
私は一人立ち尽くしました。
(店を閉めてしまったのかしら、定休日だったかしら、いや、まさか)
と動揺しながら、それでも十年以上ぶりに見る静香の外観に懐かしさを感じて
(どうしよう、ここまで来たものの、正直つぶしがきかない場所だし)
シャッターの閉まった静香の前で、途方に暮れていると、私の背後にタクシーが一台止まりました。
「あらー、早くいらっしゃったんね、ごめんなさいねえ、開店十時からなのよ」
タクシーから降りてきたおばあさんは柔和に笑って、ゆっくりと歩を進めながら
静香の入口の鍵を開けました。
「開店までまだかかるけど、よかったらお入りになる?」
摺り足で店内へ歩を進めたおばあさんが、こちらを振り向いてそう言ったので
旅行鞄を下げたまま、店頭でぽかんと彼女を見送っていた私は我に帰り、肯きました。

締め切られていた店内には、人の気配のなかった場所特有の空気がありました。
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いつもは店頭に出されている看板がしまいこまれていて、何十年もの時間を重ねた壁や
古い電車の席にも似た懐かしい椅子や、細いテーブル、それらを含んだ見覚えのある場所が
遠く色褪せそうになる記憶の中の情景のままに、目の前に存在していました。
この場所を初めて訪れるためにバスに乗った十八歳の休日や、当時読んでいた本のことや
初めての場所を訪れるのだからと買ったばかりのブラウスを初めて着てみたことなどが
ごく先週の出来事のように、鮮明な記憶として瞼の裏を過ぎりました。
でも先週の出来事と言うにはそれは、鮮明に湧き返した記憶の実感とは裏腹に、その時の記憶は
子供のころに見た映画のワンシーンの記憶のように、細部が滲んでいる情景でした。

消えてしまった記憶の細部を補うように、私は開店前の人の居ない静香の店内を見回しました。
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ガラス窓越しに見える裏庭の緑。奥の席の、広めに設えられているビロード張りのソファー。
天井の色。備品の並ぶカウンター。床に響く足音。
――記憶の空白を埋める作業は、自分が生きていることを確かめることだわ、
そんなことを思ったことが印象に残っています。
店内を懐かしく思って見回している私に、おばあさんは
「まだ開店まで時間がかかるの、お待たせするのは悪いから、良かったら他を見てから戻っていらっしゃい」
と声を掛けてくれました。時計を見るとまだ午前九時を少し回ったところです。
「十時まで一時間くらいあるから」
そう言ってくださる柔らかい声に、今回の滞在の中で必ずもう一度この場所を訪れることを
約束するのもいいのかもしれないと思いました。
「じゃあ、そうします。もう一度、来ますね」
そう言って私は旅行鞄を肩に掛けました。
by pinngercyee | 2014-05-23 05:46 | 京都