晩秋の『少女』考

空気の冷たさが増すにつれ、忘れていた歌を思い出すようになりました。
心細さや人恋しさと間違えてしまうこの季節に聴くべきは、少女の透明感を宿した音楽だと思います。

中谷美紀『逢いびきの森で』


中谷美紀『汚れた脚』

この二曲は、高校生の頃から聴いてるアルバム『食物連鎖』の3曲目と4曲目に入ってます。
私にとっての『少女』という倫理は、このアルバムで描かれたものが背骨にあると思います。
『逢いびきの森で』は小西康晴作詞作曲。
『汚れた脚』は、売野雅勇作詞、坂本龍一作曲。
松本隆の歌詞が凄いことも、私は中谷美紀の歌で知りました。

中谷美紀『雨だれ』


他に、『水族館の夜』『鳥籠の宇宙』あたりもすごい好きなのですけど
この辺はYOUTUBEになかったのでざんねん。
肌寒くなった季節には、心細くも何かを信じる孤独で潔癖な少女の視野を経験してみるのに
好い季節だと思います。
中谷美紀の音楽は、ほんの一例でしかないけれど。



Jane Birkin『Jane B』


Jane Birkin『Baby Alone In Babylone』


久しく考えていなかった少女という概念を考えてみた時に浮かぶのは、上記で貼った中谷美紀の歌と
ジェーンバーキンのことでした。
ジェーンは現在もう60を軽く超える女性ですが、彼女は現在も一人の身軽で屈託のない少女のまま
年齢を経て生きていることを感じます。
ですが、彼女が本物の少女で会った頃に宿していた色濃い孤独や憂鬱さの影は、間違いなく
結晶に近い純度の、少女という概念の核に近いものだったと思います。

Jane Birkin『Yesterday, yes a day』




音楽以外で、少女について考えた時に思い出すのは、綾辻さんの描く少女のイメージです。

あと、京都の古い喫茶店で、姿勢よく給仕する少女たちへの憧れが強いです。
歴史を重ねた静謐な場所で、端居する楚々とした佇まいの女の子たち。
私も名曲喫茶で延べ三年働いていたものの、その少女像に近付きたいという憧れは
結局叶わなかったような気がします。

あと、思い出したのが、恵文社で見つけたロルの燐寸に記されていた
「少女は燐寸を擦るために、煙草を喫う」という一文。
とても端的に、的を射ている言葉だと思います。

そんなことを考えたのも、下北沢『バブーシュカ』の記事を書いたからなのかもしれないです。
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by pinngercyee | 2013-11-03 18:42 | 日々