春を迎えるためのものたち

おこんにちは。
窓辺卒業のお知らせの裏で、ひっそりと春を迎えるためのものについて書いてみます。



あがた森魚『春の嵐の夜の手品師』


柔らかい匂いがして、強い風が吹く春の始めの日に、毎年唐突に思い出される歌です。
春を迎えた柔らかい夜に、これより相応しい歌を私は知りません。
「明日になれば全てが判るもの あなたが夢見た全てのことが」
春が訪れて、今まで冬が静かに守っていた夢や幻がすべて暴かれてしまうことは
やっぱり残酷なことなのだと思います。



シューベルト ピアノ五重奏曲『鱒』


名曲喫茶で働いていた頃、窓の外の桜が咲いて、黄色い柔らかい春の光が差し込む頃は
毎日のようにこればかり掛けていました。
春先のまだ冷たく澄んだ水の中を、すいすいと小さな魚が泳いで行くのが見えるみたいです。
鳥が鳴いて、光がさして、木漏れ日が揺れている、永遠みたいな幻。
春という季節が、幸せや生命の象徴みたいな美しさがあることを、思い出させてくれる気がします。




チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調


これも上記に同じく、勝手に春のイメージな曲。
朗らかで、無邪気で、愛に満ちている気がします。
ヴァイオリンが先頭で子猫のように軽やかに踊るのを見守るように従うオーケストラ。
そして、光に包まれた力強さで全てを巻き込んで世界に満ちる主旋律。
言葉のない音楽とはいえ、こんなに生命力に溢れて可憐だと思わせる音楽って
凄いのだと思います。



春の音楽については気が済んだので、次は、春の食べもの。

贔屓にしている和菓子屋で、草餅や道明寺が並ぶのをずっと楽しみにしていたという
そんな話はありますが、ちょっと個人的すぎるので。

去年、街はぴの記事にも書きましたが、高野の桜のジャムは美しい食べ物だと思います。

春の日の幻 『新宿高野・薔薇と桜のジャム』



そしてこの季節、毎年思い出すのが、安房直子の短編小説『花びらづくし』。
小学校の図書室で借りた『風のローラースケート』という本に収められている一作でした。

日本の山間に暮らしている茂平さんの奥さんに、ある日一枚の招待状が届く。
「さくら屋にご招待します。花ふぶきの午後、おでかけください。
 お金は、百円お持ち下さい。ぜんぶ、五円玉で、おねがいいたします」
桜の精が催すお祭りに出かけた奥さんは、小さな注意を気に留めず、恐ろしい目に遭ってしまいます。
桜の花びらで作られた美しいものを並べ、女の人たちはみんなうっとりとしている半面で
こんなに恐ろしい思いをすることになるとは、誰も夢にも思っていなかったと思います。
これが例えば、架空の話でなかったとして。
これから満開を迎えて、人々がその下に集って、一面に春の景色を示し知らせる桜の花に
本当に怖いものは潜んでいないのでしょうか。

大人になっても、子供の頃のある日に桜の幻に背筋を凍らせた恐ろしさは、未だ私の中に
息づいていることを感じます。そんな作品、そんな幻を抱く一作です。
機会があれば読んでみて下さい。

桜の季節の怖いイメージというと、私は、坂口安吾よりも、梶井基次郎よりも、安房直子です。



あ、春の歌、唐突に二つ思い出した。

吉井和哉 『パール』

これは春というより夜明けの歌だけど、夜明けを迎える絶望は、春を迎えるそれと同じだと思う。
「夜よ負けるなよ 朝に負けるなよ 何も答えが出てないじゃないか」

イエローモンキー『プライマル』

小さかった女の子が、唇を赤く塗って大人のように笑い、卒業を迎える歌。
この歌を、私は大学卒業の時期に、ずっと聴いていました。「卒業おめでとう」
個人的な郷愁ですが、今でもこの歌を聞くと、苦しくてはち切れそうになります。
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by pinngercyee | 2013-03-16 15:27 | 音楽