目白駅傍ら階段下 『カフェ アコリット』のケーキ

青葉市子ちゃんの演奏会の後、会場となった自由学園明日館の帰り道、久しぶりに立ち寄った
『カフェ アコリット』が、やはり素晴らしい場所だったので、ご紹介します。

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日曜の夜、先客は居ませんでした。
数年ぶりに訪れたアコリットの店内には、穏やかにフランス語の歌が流れ続けていました。

私が前回ここを訪れたのは、もう何年前になるでしょう。
最後に訪れたのは、私がまだ大学に通っている時で、夕方にある授業の前に
友人の通っている学習院へ遊びに来た時のことだったと思います。
今はもう単語を聴きとることすら難しくなってしまったフランス語の歌を聴いたせいか
当時、大学に通う毎日に何の疑問も不安も抱かず日々を過ごし、フランス語を学ぶ傍らで
フランス語の先生にフランスの映画や音楽について、教えてもらっていたようなことを
ふと、思い出しました。
「シャンソンが好きだったら、シャルルトレネを聴いてみて」
そう教えてくれた、短髪の女性の先生は、何という名前だったかをぼんやりと考えていると
すら、とした男性の給仕の方がテーブルにメニューとお水を運んできてくれました。

メニューの中、ケーキセットを指さし、「ケーキの種類は?」と問うと
給仕の男性は階段下を示し「あちらのショーケースに」と。
促されるままに席を立ち、ショーケースの中を覗いてみると
果物やクリームを纏う、とりどりの種類のケーキが備えられていました。
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(何かを思い出しそう)
そんな予感を胸中に抑えながら、ひとつひとつ注意深く覗き込んだ後で
下段に置かれた赤い花びらをドレスのように纏うシフォンケーキに目が留まりつつ
私は輪切りのいちじくの乗せられたタルトを選びました。
「かしこまりました」
給仕の方に小さく会釈をして、私は席に戻り、先ほどの予感の正体を突き止めようと
ぼんやりと思いに沈みました。

「お待たせいたしました」
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珈琲とケーキが運ばれ、静かにテーブルに置かれます。
各テーブルには珈琲のために二種類の砂糖が備えられていることに、その時初めて気が付きました。

グラニュー糖を選び、二杯。珈琲を注意深くスプーンでかきまぜて一口頂くと
重すぎず、口当たりのいい苦みが穏やかに体内の雑念を落ち着かせてくれているように感じます。
懐かしい味、と感じたのかもしれません。
その時私は、数年前の記憶を辿る自分の中に、一つ腑に落ちる感覚があったことを憶えています。
フォークを取って、できるだけ静かに、重そうな白いクリームを纏ういちじくのタルトを一口分切り
口に運ぶと、頭の中で小さく火花が散るほどに
(今、自分で書いてて「わざとらしくて恥ずかしい」と思ってしまいましたが
 他の言葉に言い換えられそうにないので、そのまま書いてしまうことにします)
本当に、ちょっと言葉を失うくらい美味しかったのです。

「あ、私、ここで、こうやって、ケーキを食べて、今みたいに驚いたことがある」
ケーキを食べる機会は多いものの、ケーキという食べ物に、それほど感動したことは
指を折って数える程度にしか覚えがありません。
例えば、『こけしやのサバラン』。例えば、『ヴァチュールのタルトタタン』。
例えば、『パパジョンズのチーズケーキ』。
例えば、……他に挙げるべきものがすぐに思いつかないくらいの、驚きを伴う、ケーキ。
どこで食べてみても「普通に美味しい」のが当たり前の食べ物であるからこそ
「驚くくらいに特別に美味しい」ケーキというものには、巡り合いにくいのではないかと思います。

ここを訪れていた当時の私は、このお店のことを
「目白に来たら、絶対寄ることにしている」という位置づけにしていた理由は
忘れっぽい自分に、「目白に来たのなら、アコリットのケーキを必ず頂くこと」を、
備忘録的に課していたのかも知れないなと思いました。



少なくとも、前回ここを訪れたのは5年以上は前になると思います。
当時の自分の見ていたものと、現在を生きている当時から5年後の私が
こんなふうに思考を重ねることができたのは、アコリットが何も変わらない形で
当時の記憶のまま、目白駅の傍らに存在していてくれたからだと思います。

階段を下りた地下にある穏やかでシックな空間に、一時の憩いに相応しい珈琲と
驚くほどに特別に美味しいケーキを備えて、密やかにアコリットがこれからもこの場所を
守り続けて行ってくれることを、私は祈ろうと思います。

そして、一つ、改めようと思いました。
この場所を訪れるのは、「目白に来る機会があった時」ではなくて
「特別に美味しいケーキを頂きたい時」には足を運ぼうと思ったこと。
ここのケーキを頂けば、多少の『嫌なこと』や『憂鬱さ』など
一瞬で掻き消えてしまうと思うのです。


カフェ アコリット
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