御茶ノ水駅脇の休息 『喫茶 穂高』

敢えて、取り上げるのも憚られるほど、有名な喫茶店だとは思うのですが
もし、御茶ノ水の駅前で、一息つける場所を探している人がいるとするなら
私は迷わず『穂高』の店名を上げます。
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穂高は、JR御茶ノ水駅聖橋口の改札を出て、すぐ右手の並びにある古い喫茶店です。
猥雑な飲食店の並びの中で、控えめに存在しているので
ぼんやり歩いていると、気付かず通り過ぎてしまいそうになります。

『穂高』という店名から、また山小屋を思わせる木造りの内装から
きっと何十年も昔から、山が好きな人が集まる場所だったのだろうなと思っていたら
マスターは串田孫一さんと交友があったと聞いて納得しました。

(個人的な話ですが、私の父も串田孫一氏の愛読者で、青春時代を東京の大学で過ごしながら
 長期の休みには北アルプスや東北の山を渡り歩いたという山男でして
 もしかしたら、父はこの場所を知っているかもしれないとふと思い出したりしました。
 普段、ほとんど会話しないから、父がどのような青春を送ったかということは
 断片的にしか知らないのですが、この場所が今も続いていることを知ると
 もしかすると喜ぶ人は一番身近にいるのかもしれないと、今初めて思いました。
 今度電話したら訊いてみることにしようと思います。)

店内奥の窓辺はJRの線路に面し、晴れの日、雨の日、雪の日、など
それぞれの表情を景色に滲ませます。
窓の外を眺めることのできる奥の席は特等席。
桜咲く季節の春の初めの甘い香気や、夏の高い青空と緑深く茂る草花、秋の薄い諦めの滲む雲と
冬の身を切る冷たさを窓の外に眺めて熱い珈琲を飲む幸せが供される喫茶室は
都内広しと云えども、ここを置いては他にいくつも思い出すことはできません。

店内奥の景色
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店内奥から入口を見た景色
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『穂高』を最初に知ったのは、沼田元気さんに写真を撮って頂いた時だったと憶えています。
それから何年も経ちますが、私はあれから何度この場所で休息したことでしょう。
もう思い出すこともできないほどの回数、私は御茶ノ水で下車する度に必ずここへ立ち寄り
その度に、息を整えて、静かな時間の流れを取り戻すことが出来ている気がしています。

神保町からの帰り道、古書を両手に抱えた日。
就職面接に向かう前。
三省堂で、作家である先輩の出版サイン会に行った折の帰り道。
友人との散歩の途中。
転職の時の、面接の後。
知人の公演チラシを置いて貰うために御茶ノ水のレコード店を訪れた帰り道。

それぞれの人生の折々で、それぞれの日の記憶が一生に一度のものであるということを
一つの場所で確かめるたびに、私はここで生きているのだということを思い出すように思います。

私の人生にとって折々で、息を整えるための御茶ノ水駅傍らの小さな喫茶店は
何十年も東京の真ん中で行きかう人々を見守り、憩いを与えてきたのでしょう。

この場所を訪れた人がそれぞれ重ねて来ただろう何十万のこの場所での小一時間。
暑さや寒さを抜けだした場所で、珈琲を頂いて、窓の外を眺める時。
または読みかけの本を取り出して、静かな気持ちで文字を追う時。
人はそれぞれに、自分の時間を取り戻し、高ぶった気持ちを静めて
穏やかな心を取り戻すのだと思います。


喫茶穂高
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by pinngercyee | 2012-07-16 15:42 | 東京