操り人形専門店

以前から、気になっていた場所がありました。

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飯田橋の駅前、歩道橋を渡り、UFJとみずほのATMのある場所から右手に進んで
一つ目の角を左に折れた裏通りに、その場所はあります。

『日本で初めてのパペット専門店』と掲げられたショーウィンドーの脇には細い階段があり
下から二階を見上げてみても、店内の様子は伺うことが出来ません。

(操り人形専門店、ってどんなものかしら)
(人形劇をやる人たちが出入りするお店かしら)

以前から、近くを通りかかる度に、暗い階段を覗いてみるばかりで
私は、実際にこの階段を踏みしめて上がる勇気を持てずに居ました。

失礼を承知で率直に白状すると、少し、少しですが、私は人形が怖いのです。
そう言ってしまうと、語弊があるし、決して全ての人形を怖がる訳ではないのですが
心から、何の屈託もなく、「人形が好きで」と言える人間ではないことは自覚しています。

人形という大きすぎる概念に対し、大雑把に怖いと言ってしまうのが失礼なのは分かっています。
美しい人形に目を離せなくなる経験も、恋のような感情を抱いた経験もありますが
それは自分にとっての特別な一体と向かい合う機会に恵まれた時だけで、普段の暮らしでは
私は多少、人形を避けて暮らしているといってもいいかもしれません。

そんな私が、なぜこの場所を訪れたのか。
一度通りかかって、足を止めて、階段の上を覗き込んだのか。
階段を上がらなかったその後にも、この場所のことを気に留めていたのか。

畏怖のような憧れがあったのかもしれないと、書いていて気付きました。
小説の題材には幾度か取り上げたこともある少女人形という概念。
球体関節で、姿勢を変えることが出来ると言っても自立はせず、永遠の姿の抜け殻である外形。
そういった私の中にある『人形』という概念を、この階段を上がることで
一から覆すことになるとは、階段の下で見上げていた時の私は、全く予期していませんでした。



雨の降る日に、ぽっかりと時間ができ、私は「どこか普段行かない場所へ行こう」と思い
この場所を思い出したのは、偶然ではなかったのかもしれません。

雨の降る6月の夕暮れほど、このお店を訪ねてみるのに相応しい時刻はなかったように思います。

お店の看板は掲げられ、二階へ続く階段は開かれていました。
一つ息をしてから、初めての雑貨屋を訪れる時くらいの気持ちだと自分に言い聞かせて
傘の雨を払い、階段を一つずつ登りました。

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先客は居ないようでした。
6畳ほどの小部屋は壁に沿って台が設えられており、糸で吊られた人形たちが
従順な表情で並んで居ました。
糸で吊られて立っているもの、腰を掛けているもの。
談笑しているように横を向くもの。放心しているように見えるもの。
それぞれの人形はそれぞれの表情をしていましたが、暗い印象のものは一つもありませんでした。

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人形と聞いて勝手にイメージしていた球体関節のような少女人形は殆どありませんでした。
添えられたカードにある作者名を見ると、外国の作家の作品も多く含まれている様子でした。

お伽話に準えられたもの、『赤ずきん』や『トロル』、宮澤賢治の『土神と狐』などや
デフォルメされたコミカルな表情の動物たち。
ピエロやお姫様、はたまた鬼のような面持ちのものたち。
子供の頃に読んだ、ロシアの絵本の挿絵のような顔つきのもの。

それぞれが一つ一つ、丁寧に彫刻刀で木から彫り出された四肢をもつもの。
プラスチックや石膏のような気配を見せるもの。ぬいぐるみのような布製のもの。

空調の入っていない店内で、額に薄く汗をかきながら、私は足音を立てないように
我を忘れて彼らの表情をひとつひとつ覗き込みました。
大量生産されるおもちゃ売り場の工場製の空虚なバービー人形とは違い
ここにある人形たちは、それぞれに愛情を持って作られたものであることが分かります。

私はいつしか、子供時代の頃のことを、思い出していました。
祖母の集める絵本の中で、あらゆる国のお伽話を読みました。
マザーグースにバーバヤーガ。ラプンツェルにグリム童話。ギリシャ神話に中国の昔。
ネパールの夜明けの話やミヒャエルエンデの描いた国の話まで。
テレビの中でしか知らないアメリカやイギリスと、絵本の中で知った国々の景色は
私にとって同じ距離、いえ、テレビの中の話よりも
絵本の中の景色の方が身近だったかもしれないと思います。
テレビの中にはニュースしかありませんが、絵本の中には登場人物が居て物語がありました。

それらの中で、かつて私にとっての世界だった見知らぬ国の住人たち。
日本でも、昔は忍者やサムライと同じく、山には鬼が生きていたのだと思っていたし
ドイツでは、ブクステフーデに国中の魔法使いが集まる会議があると知識として知っていた
幼少の私にとっての、世界の住人達と、大人になってから不意に出会った、という印象を
受けたように思います。

私の信じていた世界は、いつのまに、誰によって、否定されてしまったのでしょうか。
学校で歴史として学ぶ話と、伝承として残る昔話の違いは、どこだったのでしょうか。
大人になった私には、分かることでも、当時の私には、どうしても分からなかったことです。



「いらっしゃいませ」
声をかけられ、振り向くと男性が一人奥の部屋から現れました。
「こんにちは」
勝手に入って商品を覗き込んでいた決まりの悪さから視線を外して会釈をすると
男性は空調のスイッチを入れながら、
「ここにある人形は、全て動かすことを目的に作られていますから、動くんですよ」
と声をかけてくれました。

操り人形、なんだ。と思い出します。
糸に吊られた彼らの姿を見て、それでも動かない人形たちの姿を見て
私は「彼らが動くのだ」ということを、言われて初めて意識したように思います。

「せっかくだから、動かしてみますか。動いているのを見てみたいのはありますか?」
静かな口調で男性が問うてくれた言葉に甘え、私は壁際に立つ白い頬の少女人形を指しました。
切りそろえられた前髪と、長く垂らされた黒髪の、品の良い白いブラウスと黒いスカートの。
「これですね、はい」
男性は、彼女を吊るしていた取っ手を持ち上げ、定位置から彼女を床に導き下ろしました。
私はそれを、彼女がこれから動くということを、半信半疑の気持ちで見守りました。

数本の糸に吊るされていることを忘れてしまうほどに、滑らかに彼女が顔をあげました。
青い絨毯の床を、一歩、二歩。華奢な足で、まっすぐに踏んで、こちらに歩いてきます。
背筋を伸ばして、まっすぐに。
私は彼女から、視線を外すことが出来ませんでした。

スキップをしたり、うやうやしく歩いてみたり、彼女は数度の往来の後に
腰を折り、私に丁寧にお辞儀をして見せました。私もつられて彼女に頭を下げます。

「すごい、ですね……」
人形が歩くさまを、初めて間近で見たことで、私は語彙を失っていました。
それまで首を傾げたり微笑んだりはしゃいだりしていた少女は、男性の靴に腰を掛け
再び人形の表情に戻っています。

「操ってみませんか。自分の手で動かすと、神経が通うのが分かります」
手渡された木製の取っ手を、私は壊してしまわないか不安に思いながら受け取りました。

「まず、立った高さを見つけます」
取っ手を右手に持って、彼女の背後に立ち、男性の声に従って、彼女が自立できる高さを探します。
低すぎると、彼女は膝を折ったまま。
高すぎると、彼女の足が床から浮き、彼女の体重が急に重く感じられます。
取っ手を注意深く握りながら、自分の肘の折り具合で高さを探っていると
ふっと彼女が真っ直ぐに立てる高さが見つかります。

「その場で、そのまま足踏みをさせてみて下さい」
縦に持った取っ手と十字に交差する部分を親指で右にずらすと、足に繋がる糸が引かれ
彼女が片足を持ち上げました。
「そう、そのまま左に」
言われるままに親指で抑える場所を左にずらすと、彼女は足を下ろし、もう片足を持ち上げました。

「そうです、そのまま、高さを変えないようにして、左右にすると足踏みしますよ」
肘の角度を固定したまま、親指を左右に動かします。それに従い彼女は、従順に足踏みをしました。
私の手の震えは、そのままに。私の戸惑いも、彼女が従ってくれる喜びも全て
指先を通じて全て彼女に共有されていることを、確かに感じます。

「足踏みのまま、位置を前に進めると、歩きます」
私が歩を進めると、宙に浮いた彼女の足は勢い余ってブラブラと空中で大きく揺れました。
先ほど、男性が操っていた時には、まったく揺れなかったこともあり、幾分戸惑うと
「一週間も触っていると、神経が通います。触ったばかりでこれだけ動かせるのは立派ですよ」
と、声をかけられました。

男性の言った『神経が通う』という言葉は
触る前の私にとっては多少大仰に感じられたように思います。
でも、彼女を右手に従えて、私の震えも怯えも喜びも戸惑いも、全てが彼女に伝わると感じた後で
その言葉が、それ以上に正しく言い表せる言葉はないのだということまで理解できた気がしました。

「立った姿勢から、取っ手を前に倒すと、お辞儀をします」
「軽くお辞儀をした姿勢から取っ手の角度をひねると、顔が横を向きますよ」
「それから、両手は一本の糸でつながれていますから、左手で引いて」
「そうすると、自分の指先を見上げる姿勢になりますね」

私は彼女の黒髪の垂れる背中を見下ろしながら、言葉に従って彼女を操りました。
彼女は幾度かの試行の後に、首を傾げ、その指先を見つめました。

「……本当に、生きているみたいですね」
「ええ。ここにあるのは、動かして楽しむためのものたちですから」

この時、私は階段を上がる前までの、今までの人生を通じて抱いていた人形というものへの
漠然とした怖れや苦手意識が消えてしまっていることに気付きました。

「人形劇に使うためのものなのかと思っていました」
「劇に使うためには、もっと大きなものでないといけません。
 ここに居るのは、個人が操って、家でプライベートに楽しむためのものたちです」

私の右手から神経が伸び、私の感情を受け止めている少女が、家に居たら。
現在、自分の一部のように思われている少女が、再び私の手元から離れるということが
彼女を右手に従えた状態では、想像することも難しいように思われました。

「有難うございました」
一体が何万円もする高価な人形を、現実的に今は買えないということを思い出し
その感情を払拭するように、私は彼女を操る取っ手を男性に返しました。

「可愛いですね」
「ええ」
「私がお金持ちなら、彼女を連れて帰りたい気持ちなんですが、御免なさい」
「いいえ」
「また、覗きに来ても、いいですか」
「ええ、勿論。ぜひまた遊びにいらしてください」



男性にお礼を言い、壁際の元の位置に戻った少女の黒目がちな微笑みを一瞥して
私はこのお店を後にしました。

帰り道の電車の中で、彼女を操っていた右手の感触が、彼女と微かに神経が通いかけた感触が
まだ残っていることを感じました。
――この感触を、彼女と遊んだ今日の記憶を、忘れてしまわないように。
そう思い、私は彼女に会いに行くことを思いました。

例えば、親しい人の家を訪れる時、私は彼女とともに子供に会いに行きたいと思うかもしれません。
私がかつて、絵本の中の世界を信じていたように。
魔法を見ることのできる子供であるように。
そんなことを思いました。



興味が引かれた方は、階段を上ってみて下さい。
そして、目の合うものがあれば、操らせてみてもらってください。

指先に神経が通う感じ。
私は、雨の夕暮れにここを訪れなければ、一生知ることがなかったと思います。


操り人形専門店 Puppet House
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by pinngercyee | 2012-06-24 17:45 | 東京