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LIPHLICH『マズロウマンション』考察



LIPHLICHの新譜『マズロウマンション』が出ました。
マズローの欲求段階説を題材にした曲を作ってるという話をしていたのが四月、
五月のライブで新曲のタイトルが『マズロウマンション』だと発表になって
六月頭に一部だけの試聴動画が上がって、(必死に歌詞を聴きとって世界を推測してみるも全く見えず)
六月の下旬にライブで初めてお披露目されて、(私は行き逃した勢い余って名古屋まで見に行きました)
そしてあれよあれよといううちに、ついに先日リリースされて、やっと全景を見ることが出来て
歌詞を読んで、今まで必死に試聴動画を見ていただけでは見えていなかった部分の情報量の多さに
本当に仰け反りました。

何これ、収録された三曲が表題『マズロウマンション』の中での一連のお話になっている、ということは聞いていたにしても
この世界の深さと情報量は、下手な本の一冊や映画の一本など楽に凌駕していると思います。

歌詞を抜粋して紹介しようにも、抜粋しない場所が見つからないから全文載せなきゃいけなくなる。
これは、歌詞の形を借りた純度の高い小説です。
無駄な言葉が一切ないから、核になる必要最小限の言葉を用いて、音楽を背景に纏いながら
ある意味、小説や映画がやることよりも色濃く匂い立ちながら『マズロウマンション』という作品が
既存の概念に一切阿ることなく凛と自立しているということになると思います。

読むまで全景の見えなかった歌詞の情報量が多いと書きましたが、その内容の伝わりやすさにも括目。
一度読んだら情景が浮かんで、二度目に聴く時は歌詞を全て聴き取れるようになります。
(歌詞を読むまで正しい詞が把握できなかったのは、ひとえに私の耳が悪いのだと反省しました)
これだけの情報量を抱えながらも、下手な解説文って書くだけ野暮なくらい
誰が読んでも理解が十分に及ぶ言葉で書かれていることも度胆を抜かれます。



なので、これはCDを手に入れた人には必要のない解説だと思って読んで下さい。
正しい歌詞を読む前の私、試聴を聴いただけで、世界の全景が見えなくてもどかしく思っていた自分に宛てて
全景を見ることが出来た今の私から、気付いたことを書き留めておこうと思います。



上記で少し触れましたが、掲題の『マズロウマンション』は
「自己実現理論(じこじつげんりろん)とは、アメリカ合衆国の心理学者・アブラハム・マズローが『人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである』と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。また、これは、『マズローの欲求段階説』とも称される。」《Wikipediaより引用》
を踏まえ、それを五階建ての洋館に準えた世界のことを指しています。

1.生理的欲求(Physiological needs)
2.安全の欲求(Safety needs)
3.所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
4.承認(尊重)の欲求(Esteem)
5.自己実現の欲求(Self-actualization)《Wikipediaより引用》


に従い、それぞれの階にはそれぞれの欲求を満たすことが出来ず飢えている人々が暮らしています。
内容に関しては、Wikipediaを全文コピペしなきゃいけないくなるので、直接ざっくりお願いします。

首がない灰色の管理人が話す
『ようこそこの世の楽園 マズロウマンションへ。
4階が黄色の貴方様のお部屋、まずはここでの決まりを覚えて頂きましょう』

マズロウマンションへ入居する『私』が案内されたのは「黄色の四階」でした。

ここで管理人から示される「ここでの決まり」は
1.上の住人に逆らうな
2.隣人とはつかず離れず
3.下の住人に関わるな
4.よき日々を

というものですが、曲の中折々で、これ以外にも「ここでの決まり」らしき文言は登場します。
1.上の飛び降りを受け止めろ
2.隣には花束を贈れ
3.下の眼差しを忘れるな
4.よき日々を

冒頭の入居時に知るこれらに続き、歌詞が二番に移り変わる場所で差し挟まれるものは
マズロウマンションへ入居した後に初めて知る詳細なものになっています。
1.物を投げても自分は落ちるな
2.エレベータは降りる時だけ使え
3.拾う時1階の目は見るな
4.煙に巻け

一聴しただけではピンとこないこれらの示唆は、後に続く部分で意味が明かされます。

マズロウの全ての人に当てはまる欲求段階説を下敷きにしているこの洋館は
この世界で現実を生きる全ての人が入居者とも言える建物だということになります。
それぞれの欲求段階で住む場所が決まるこの建物の中、上記の「ここでの決まり」は
私たちが生きる現実の中での暗黙の決まりごとになっているのかもしれません。

3階の女の子 ウサギを投げ捨てた この高さじゃ致命傷にならないこと知ってる
5階の芸術家 ピアノを投げ捨てた 下敷きになったマッチ売りのこと気付かない


欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
ここじゃ叶えた欲の分 下で誰かが終わる

この部分の端的な例として明示された(愛を求める)女の子と(自己実現を求める)芸術家は
それぞれに自分の身を投げるのではなく、意識的か無意識的にかは分かりませんが
「決まり」に従って自分の身代わりを窓の外へ放り投げます。

欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
ここじゃ忘れた欲の分 上で誰かが笑う


『そうそう、言い忘れていたことがございました』
『もし退去なさる際は、必ず私めにお申し付けください。管理人室は6階にございます。』


欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
もしも出て行きたいのなら 管理人に会いに行け
欲望まみれマズロウマンション 階級制5階建て ヒュルルルルル
もしも出て行けないのなら 人間を止めること




もう追記すべきことは何もありません。
薄暗く愉快に進行する音楽を背景に存在するマズロウマンションの全景が、掲題曲で描かれています。

このCDに含まれる二曲目『Room 612』では「首がない灰色の管理人」のことが
三曲目『愛は死なずに3度落ちる』では、「三階の女の子に放り投げられたウサギ」のことが
描かれています。


収録されている2曲目『Room 612』は上記試聴動画の1:14あたりから。

人間辞めたリリーが住んでる部屋 エレベータが行くのは5階までで
1.2.3.4.5 where is 6th floor?
リリーに遭えるのは最初だけで 部屋へ招かれても誰も行けない
1.2.3.4.5 where is 6th floor?


1曲目『マズロウマンション』で差し挟まれる6階に住む管理人ことリリーは
「退去なさる際は必ず私めにお申し付けください、管理人室は6階にございます」と言いますが
いざ、リリーに会いに行こうとしても、それがままならないことであることが冒頭で示されます。

上記Wikipedia内でも示されているように、5階建の欲求の段階から逸脱することが
すなわち6段階目、6階に住むこと=人間であることを辞めた管理人リリーであることも、
そして、欲求を逸脱することが常人にはほぼ叶わないものであるということも
常人が6階を訪れようとしても見つからないということに関係あるのかしらとか思いました。
下りの時にしか使えないというエレベータ(昇るのは自力でないと昇れない)も
この件を指し示す一つのヒントなのかもしれません。

餌はどこ 家はどこ 人はどこ ここは

欲が満ちたら 灰色リリーをお迎えに
傷が癒えたら 首なしリリーをお迎えに

どこにいるの どこにいるの リリー どこにあるの どこにあるの リリー
どこにいるの どこにいるの リリー どこにあるの どこにあるの Room612


このマズロウマンション(=人の暮らす社会の縮図)を退去するということは
退去する人が人間であることを止めることであることは、1曲目の最後で明示されますが
リリーの元を訪れる人間が、人間を辞める(=死ぬ)覚悟があるのかどうかは示されません。
「欲が満ちたら」「傷が癒えたら」人々はこのマズロウマンションを退去しようと思うのかもしれませんが
その時に、彼らは自身がリリーに申し付けることが可能だったとして、彼女はどのような役割を果たすのでしょう?

話しが少しずれますが、欲求段階(フロア)が高くなるに従い、飛び降りた時に死ぬ確率が高くなり
5階の芸術家は、1階の畜生どもよりも飛び降りによる自死を選択しやすい状況にあるということ
そしてそれに関して「物を投げても自分は落ちるな」という規則があることで
リリーは入居者の一方的な退去を禁じているということに気付きます。

そうなると、退去(=人間を辞める=死を選ぶ)段階で、リリーの果たす役割は
平たく言うと、死神のようなものなのかな、と思いました。灰色で首がないっていうし。
だから「リリーに遭う」のは「会う」ではなく「遭う」と書いているんだなとか。

神様になれなかったリリーの事 悪いのは人間だけど気にしない
人間に戻れない  リリーの事 悪いのは神様だけど気にしない
友達を助けても 神様を信じても 在る意味を知ってしまった彼女の事は


人間と神様の中間にちょうど位置し、「欲が満ちたら」「傷が癒えたら」お迎えに来て
「愛を知ったら」「夢を知ったら」帰る(=迎えに行くのを止める=生きさせる)リリーは
やはり退去(=死)を司る存在であるものであるように思います。

それにしても1曲目『マズロウマンション』の中で話す管理人が女性だとは思わなかったし
何度聞いても聴き取れない歌詞が「リリー」と人名を歌っているとは夢にも思いませんでした。
「どこにあるの どこにあるの リリー」も必死に聴き取った段階では
「Coming down Coming down With me」だとてっきり思い込んでいました。(100%の余談)

「どこにあるの」と歌っていると知ってからは、「どこにあるの」としか聴こえなくなるのが
個人的に、すごい衝撃でした。



上記試聴動画2:25あたりから3曲目『愛は死なずに3度落ちる』です。

ベランダで眠る兎 さみしいのちくもり あの人の言いつけであの子の身代わりになる
時々おかしくなる あの子の目がまるで この私の目みたいに赤く染まった時

代わりにその致命傷 引き受けるのが私
あの子は知らないけど それでいい

貴方の
涙もらう兎 痛み抱いて代わり落ちる
涙もらう兎 加速し再生する世界

もう2度と泣かないでと願う私の目 青くなる世界はほら元通り


ざっと一番の歌詞を引用してしまいましたが、もうこれでこの歌の輪郭への言及は十分でしょう。
1曲目『マズロウマンション』内で、兎を窓の外へ放り投げる3階の女の子は
「決まり」に従い、自分が身投げをする代わりに兎を投げているのだということ。
そしてその兎は「あの人の言いつけであの子の身代わりになる」と言っているということ。

あの人って誰の事かしら、と考えた時に頭に浮かぶのは死を司る管理人リリーですが
もしかすると、リリーを6階に縛り付け、神様にも人間にもなれない存在にした『神様』が
兎の主人なのかもしれないなあ、と少し思いました。
世界を再生させることのできる力を持つのは神様だろうし、とここまで考えて思ったのですが
兎が3階から放り投げられても世界は損なわれませんよね。損なわれるのは兎の命でしかなく。
放り投げた女の子は無傷だし、そもそもそのために身代わりになっているのだから
再生する世界というものは、兎にとっての(兎の見ている)世界なのかしら、と思いました。
だから落とされる度に兎の目が青くなり(赤さが損なわれる=失明、ということかなと)
そして両目を失った世界で兎は「これでおしまい でも元通り」と見てもいない世界を信じる
自分の居なくなった世界が変わらないことを知っているということ、なのかなあと思ったりしました。
いや、単に女の子が泣き止んで、本来の碧眼に戻って、兎が安心するだけなのかもしれない。

今、根本的なことに気付いたのですけど、「あの子の目が赤くなる」というのは
「もう2度と泣かないで」にかかって、あの子が泣いてヒステリーを起こしているということを
示しているんだなとか。すいません、読んだら分かることを今気付いて。。

それにしても上記の「さみしいのちくもり」と2番の「じれったいのちくもり」っていう
兎視点の表記が可愛いのなんのって、これ、素晴らしく秀逸だと思います。
誰も思いついたことのないフレーズだし、そういうものに焦がれて世の詩人は言葉を弄ぶんだなとか。
弄んでいるだけで、この段階の、誰も思いついたことのない一節を見出すことのできる詩人って
詩人を自称する人のほとんどが達することのできない一節だと思います。久我さん凄い。

ベランダで弱る兎 じれったいのちくもり あの子の好きなピアノが聴こえなくなった

本当に欲しい物 知っているんだよ私
すぐ隣にあるけど 言えないから


兎がベランダで弱りながら何をじれったいと思っているのかというと
3階の女の子がヒステリックに泣いて自分を放り投げる時に
彼女が本当に欲しいものを知っているけれど、言うことが出来ないということ。
愛を希求する段階の3階の女の子は、ピアノを投げ捨てる5階の芸術家に恋をしているのでしょう。
彼が5階からピアノを投げ捨てて(その下でマッチ売りが犠牲になり)ピアノの音が聴こえなくなって
彼の悲しみ・絶望に連動して、女の子はヒステリーを起こして兎を放り投げるという図式ですが
兎の知っている「本当に欲しい物知っているんだよ私」と無言の兎の言う愛は
女の子の傍らの兎の中に宿っていることが示されている、というところで
この曲のタイトルが『愛は死なずに3度落ちる』となっていることに気付きました。納得。

それにしてもです。この「本当に欲しい物 知っているんだよ私」の歌い方の含む物が
悲しくて愛おしくて、聴いていてこのフレーズを耳にするたび、息が止まる思いがします。

これで3度引き受けてしまった私の目 悲しいけどこれでおしまい でも元通り

可哀想な兎の最後の言葉にあたる上記の後、兎は3回目の落下を経たことで死んでしまうのでしょう。
その後、女の子はどうなるのかなあ、と思いました。
「この高さじゃ致命傷にならないこと知ってる」彼女は、兎が死んだことで嘆くでしょうか。
それとも、彼女自身の落下を招くでしょうか。
それとも、それを阻止するために、新しい兎が彼女の元へ送られるのでしょうか。
愛というものが、取り換え可能かどうか、ということを考えてみることも暗喩されているかも
しれないなあ、とか。勘ぐりすぎでしょうか。

それにしても兎が健気で可哀想で愛しい。
そして背景に流れる曲は軽快で、悲しさを滲ませない甘酸っぱい匂いをさせる一曲であること。
この曲を書いたことだけでも、すごいなあと感嘆に値する物だと思うのですが(作曲は久我さん進藤さん共同名義)
そこにこんな兎の詞が乗っかるなんて、ちょっとした奇跡にも思えます。
そこに共感して欲しくて、ちょっとこれ頑張って書きました。



上記に貼ってる試聴では一部分しか聴くことが出来ないので、気になった方は在庫のある今のうちに
音源CD現物を入手することをお勧めします。
発売日当日にメーカー在庫完売という話で狼狽えましたが、今日聞いたところによると
お店に来週以降再入荷予定があるとのことで、再販がかかったことに胸を撫で下ろしたところです。
でもこの在庫もいつまであるのかは全く分からないので、お早めにどうぞ。超お薦めです。

Aタイプは『マズロウマンション』と『Room612』の二曲入りにライブDVDがついたもの。
Bタイプは上記二曲に兎の歌『愛は死なずに3度落ちる』が加わったCDだけのもの。
どちらも素晴らしくお薦めです。
by pinngercyee | 2013-07-28 06:18 | 音楽